大橋 仁、人類の明るい繁栄のため全財産をはたいて酒池肉林を撮り収める。

Interview and text by Tomo Kosuga
5b0e0190a8ec6dc605e1decb459cf9a2『凄絶ナリ』——。アラーキーこと、荒木経惟にそう言わしめた写真がある。赤く染まった写真は、一見では繊細で落ち着き払った雰囲気だが、よく見るとそれがシーツに染み渡った鮮血だと分かる。しかも異常な量の、人間の、血。それは、大橋仁の義父による自殺の光景だった。
第1発見者となった大橋、このとき19歳。救急車を呼ぶと同時に「目のまえ」の光景にカメラを向けた。その後、幸運にも一命をとりとめた義父の「つづき」を、大橋は追い続ける。カメラひとつで。この生死のジェットコースターをまとめたのが、大橋の処女作『目のまえのつづき』(青幻舎 刊)だ。
〝生きること、死ぬこと〟をきれいごとで描くことなく、裸一貫、カメラひとつでぶつかった。ページをめくれば、様々な感情に揺れうごく魂の咆哮が聞こえてくる。
そして次作『いま』(青幻舎 刊)が刊行されたのは、処女作から6年後のこと。10人の妊婦からオギャーと赤ん坊が飛び出すまでの1年8ヵ月と、幼稚園児たちの姿を写すことで〝いのち〟をシンプルに描いた。
『いま』の表紙を飾った1枚の鮮やかなブルーが、処女作『目のまえのつづき』の燃えたぎるレッドと対称的であることが象徴するように、この2冊は表裏一体の関係にある。しかし、一般的に直視しがたい、なんともダイレクトというか、いわゆるナマナマしい着眼点は変わらない。とくに出産シーンなんて、血みどろの赤ん坊がニュルルルッ!と出てくるところを一切の迷いなく(のように見える)、赤の他人の大橋が写真行為目的で撮ってるんだから、もうなにがなんだかワケが分からない。
それからさらに7年が経ったいま、満を持して大橋が新作『そこにすわろうとおもう』を赤々舎から発表。上記2冊でも十分すぎるほどハードコアな人だと思っていたのに、ここにきてその限界値を自らブチ破るような、トンでもない3冊目を誕生させた。柔かなタイトルとは裏腹に〝ああ、ハードコアってこういう意味だったっけ〟と唸らされるような激写、激写、激写。実に400ページ。A3サイズ。23,000円。どれをとっても、センセーショナル。
その全貌は、ぜひ本を手にとって確認もらいたいが、しいて言うなら、ニッポンとポルノを掛け合わせてできたエロザムライの股に生えた男性器型のサムライソード300本に、同じく300匹ものニワトリが無理強いされながら、甲高い鳴き声で「オーウ、ニッポルノー!」って奇声を発してる感じ。三国志の董卓もビックリの〝肉肉肉〟林ぶりである。トンネルを抜けるとそこは女性器が……いや、むしろトンネルが女性器だったのかも……。とにかく、この酒池肉林騒ぎのために大橋がバラまいた札束はというと、実に「ポルシェ」数台分。え、マジで?! そんなバブリーな響き、久しく聞いていなかった。
年の瀬も迫った12月末の凍えるような週末、彼のスタジオを訪問。生きること、現代アートへの怒り、解剖学、ご先祖様との意外な繋がり、そして新作のことなどなど、盛りだくさんの話を時間の許す限り、語り合ってきた1万字越えのロングインタビューをココに公開しよう……。

大橋 仁、人類の明るい繁栄のため全財産をはたいて酒池肉林を撮り収める。

Interview and text by Tomo Kosuga
初出掲載:VICE.com日本版 2013年

1万字越えのロングインタビュー、後編。前編を未読の人はコチラから

5b0e0190a8ec6dc605e1decb459cf9a2写真家・大橋 仁が、3rd写真集『そこにすわろうとおもう』を刊行した。A3サイズ、400ページ、23,000円。これだけのブッ飛び設定にもかかわらず、なんでも書店には並ばないらしい。

彼と話してみて感じたのは、大橋 仁が写真で追い求めるモノっていうのが、よく子どもがオトナにしてくるような〝困った質問〟に近いってこと。1作目が「死ぬってなに?」という問いかけだとすれば、続く2作目は「僕ってどうやって産まれてきたの?」。そして今回が「人はどうやって作られるの?」って感じ。

それぞれに対して答えるなら、「無になる」、「お母さんのおなかから」、「お父さんがお母さんのなかに入る」とでも答えればいいのかも。だけど、子どもってのはそんなんじゃ納得してくれないだろう。次第に、答えた側としても、ホントにそれで正しいのか分からなくなる。そもそもコトバで表現できるものなのか?と。いかなるときも万能だと思えた〝コトバ〟に、オレたちが裏切られる瞬間。

大橋の写真は、それくらいピュアな疑問を出発点にしている。だからかな、ものすごく刺激的なんだけど、たまに見たくもないものを見せられる場面があって、ドキッとさせられることも。つまりハッと驚かされると同時に、生理的な嫌悪感も感じるってこと(そしてそれは上で挙げたような質問をしてくるガキどもに対して抱く感情に近い)。

前置きはこのくらいに。とにかく彼から聞いた話をここに公開する。最新作のことはもちろん、写真を数で表現すること、恐ろしくホラーなご先祖様との意外な関係、果てには人類がいかに愚かでクズで無能かまで、彼の脳内で渦巻くモノを可能な限り、引っ張り出してきたぜ!

ツノニンゲンと変態おっさんに焦がれる高橋智美

Text by Tomo Kosuga
高貴なブルジョア階級の夫婦らしき2人と飼い犬。肖像画としてはありきたりの構図だが、ひとつ見逃せないのは、この気品漂う2人が丸ボウズで、さらにはツノまで生えちゃってること。
90年代のフザけた三流SF映画『コーンヘッズ』に出てきたコーンアタマの宇宙人夫婦、ベルダーとプライマートを想起させなくもないが、こっちはギャグじゃないブキミさがある。街の路地角を曲がったときにこんな夫婦と出くわしたら、それこそマジでホラーだぜ。
ウサギ、イヌ、ヤギ……。そのどれとも言いにくい、キモカワイイの一歩先を感じさせる〝ツノニンゲン〟の肖像画を描くのは、画家の高橋智美。彼女の目には、人間がこんな風に写って見えるらしい。
それから彼女自身も投影されているそうだ。その証拠に、目や口といったパーツはどれも彼女のもの。デッサンの練習で自分の顔をパーツごとに描いていくうち、自然とこんなのが出来上がったんだって。ほかにもニンゲン猫、妙にリアルなアニマルマスクを被ったシャイな変態おっさんなどなど、高橋智美の病的なキュートワールドをここに見せよう。
 
 

VICE.com/jpにて掲載

森村泰昌はホンモノを観ないことで培える感受性を芸術に〝ヘンタイ〟する

Interview and text by Tomo Kosuga
yasumasa-morimura芸術家、森村泰昌は〝空想が好き/芸術は食べられる〟という思想のもと、ゴッホの自画像や名作『モナ・リザ』、フリーダ・カーロの自画像、挙げ句の果てにはピカソの絵といった絵画のモチーフに〝変態〟する(つまりゴッホやモナリザに扮装するってことだ)。
しまいには二次元の世界に飽き足らず、マリリン・モンローやブリジット・バルドー、マレーネ・ディートリッヒといった三次元で活躍した女優に扮するシリーズまで展開。最近ではチェ・ゲバラやヒットラー、毛沢東といった歴史上の男たちにまで手を伸ばしている。この24年間をひたすら扮装し続け、もちろん今後もそうしていくのであろう様子を眺めていると、森村泰昌という存在そのものが曖昧になっていく。果たして森村泰昌が目指す先にあるオリジナリティとは?
今回、森村泰昌が抱く女装や、同じくマリリンやその他有名人に扮装するKeiichiの作品『100K』を見てもらうなかで、その曖昧な人物像をなんとかフルーチェ程度まで輪郭づけようと努力した。
——個人的に森村さんの作品を初めて観たのは1998年の個展『空想美術館』でした。そこでゴッホの『ひまわり』のことも知って。つまり、オリジナルよりも森村ver.と先に出会っている。ここで面白いのは、自分の中では森村ver.の方がオリジナルよりもホンモノらしく感じるということです。
森村泰昌: なるほど。作品作りを始めた当初こそ意識していなかったものの、結果的に自分の作品は観客をナビゲートするスタイルになっていたんでしょうね。それは観客の皆さんから教えられたことでした。私の写真はよく《モノマネ》という言われ方をされます。しかし観客の反応を知るようになってからは、単純に似てるだけで面白いというわけでもないのかなと、そう思うようになりましたね。
——既存の美術をモチーフにするというスタイルが生まれたきっかけは?
若い頃は抽象絵画を描いていましたが、どうも作品から逃げている部分があると思っていたんです。そこで思い切って絵画から写真に切り替え、自分自身をテーマにしてみようと。
しかし、今でこそセルフポートレート形式の作品も色々ありますが、20数年前だとさほどなかった。そんな時代に、自分の顔を合成した作品を闇雲に制作したところで〝東洋の得体も知れない男の顔が合成されたヘンテコな作品〟に過ぎない。それでは表現として成り立たないと思った僕は、美術作品というイメージのうえで表現する必要があると結論づいた。その結果、美術史というテーマに行き着いたんです。
そうして1985年に『肖像・ゴッホ』という作品で初めて、美術絵画に自分の顔を合成するという手法を試みました。誰もが知っている美術のひとつであるゴッホの作品に自分の顔が付け加えられることによって、当時無名だった大阪人の顔がムリヤリ芸術化される。そこに面白さを見出せて、ようやく手応えを感じたようです。
 左から順に:『はじまりとしてのモナ・リザ』(1998年)、『身ごもるモナ・リザ』(1998年)、『第三のモナ・リザ』(1998年)

左から順に:『はじまりとしてのモナ・リザ』(1998年)、『身ごもるモナ・リザ』(1998年)、『第三のモナ・リザ』(1998年)

——美術作品に森村さんの顔を当て込んだだけなのに、親しみの度合いはまるで変わってきますね。アート本来の高い敷居が一気に低くなるというか。
たとえば、鎖国時代から一気にグローバル化を迎えた明治時代の話をします。その当時の芸術家にはパリなどへ留学する人が少なくなった。彼らが海外で芸術を学び、そして帰国してから描いた絵というのは、表向きこそ印象派風である一方で、人物や風景は日本人の感性や日本の土壌から成り立っているんです。これは僕がやっていることと近くて。つまり〝登場人物は東洋人、だけどテーマは西洋〟という奇妙な組み合わせ。
こうした西洋・東洋間における葛藤こそ、日本ならではの立派な文化だと思うんです。それを受け継いでいきたいと思うし、少なからず自分は作品を通してそれを果たせていると思っています。
西洋の絵画だからといって外国人モデルを使うのではなく、あくまでも東洋人としての自分自身を使う。そうすることで、現代における日本人の葛藤が見えてくる。その葛藤を日本国内だけでなく、世界の人たちに観てもらえるような表現へと昇華することが大事だと考えています。
——その一方で、森村さんの作風にはあらゆる芸術作品を片っ端から模倣できる強みがあります。
普通、時間というのは〝過去から現在、現在から未来〟という風に規則正しく流れていると考えられてます。そして、古いモノが常にオリジナルであると。だけど本当にそうなのかと僕は思うんです。少なくとも、僕たちの時間感覚はそうじゃない。例えば若い子が音楽を聴く順というのはたいてい、自分たちの時代のポップスから始まって、だんだんと昔の音楽へと遡っていくでしょう? 僕自身、作品でテーマにするオリジナルの作品というのは後々になって見ることが多くて。
ゴッホやマネの作品を初めてオルセー美術館で観たのも、自分の作品を作ってだいぶ経ってからなんです。僕が参照にしていたのは図録だけで。或る人はその手法を「原作を誤解する恐れがある」と言うかもしれないけれど、見ることで形作られる感受性もあれば、その逆も然りで。
パリに住んでいる人たちは、オルセー美術館でホンモノを観ることで培える感受性を大事にすればいいし、それがなかなか出来ない日本人は〝観ないで培える感受性〟を大事にすればいい。色んなケースがあって良くて、そのどれが正しいというわけでもないと思いますね。つまり、自分が置かれている環境を大事にしたいんです。そうして生まれてくるモノこそユニークさだと思います。
——芸術に時間軸は関係ないと。その原理だと、被写体が森村さんじゃなくても成立しそうですね。
僕にとって、作品は〝ステージ〟なんです。そこに森村という登場人物がいて、さらに別の登場人物としてゴッホやマリリン・モンローが1人ずつ登場してくる。彼らと僕が出会うところから物語は始まるんです。その物語が舞台を構成し、いわばその舞台そのものが作品として成り立つ。
ともすれば森村という存在は当然そこに不可欠ですし、逆にもし僕ではない異なる俳優が出るとなると、その舞台は全く異なるものになってしまう。だから森村劇場とアナタの劇場は全く別物なんです。観る人に森村劇場を押しつけるつもりは毛頭なくて、あくまでも、森村が登場した場合はこうなりますよ、もしあなたが登場したらどうなるんでしょうね、という問いかけに過ぎない。
——その舞台で繰り広げられる物語にはあらかじめ筋書きがあるんですか?
舞台の上で僕とモチーフとが出会う時、そこにシナリオはありません。あくまでも偶然の産物。出会ってみないと分からない。そういう意味で、僕の作品は極めてナマモノなんです。逆に計画し尽くされていては、加工食品みたいで面白くない。故にパフォーマンス的要素はあると思います。
——『モナ・リザ』シリーズのように、森村さんの作品にはモチーフにおける置き換えが多重に生じたがためにオリジナルの原型を留めていないものも見受けられます。それは森村劇場が〝原作ありきのステージ〟から〝森村独自のステージ〟へと進化していった、そう捉えることができそうです。
置き換えるという行為は、誰もが自然とアタマの中で繰り広げているプロセスだと思うんです。つまり、無から有は生まれない。だけど既存のなにかを何度も何度も置換していくうち、別のなにかへと変化していくことがある。ゼロからいきなりそこには辿りつけない。そう考えると、オリジナルの作品が見えなくなっていくのもアリだなと思いますね。
 『セルフポートレイト(女優)/黒いマリリン』(1996年)

『セルフポートレイト(女優)/黒いマリリン』(1996年)

——ここ最近の作品『なにものかへのレクイエム』は今までの『女優シリーズ』から打って変わって、歴史上の男性像に扮装した内容ですね。
今回の『なにものかへのレクイエム』は、現実世界、つまり政治や戦争のなかで輝く男性像を追っています。その一方で、過去にやった『女優シリーズ』は、映画という虚像の世界でこそ女性は最も輝いて見える、という考えをもとにやっていたものです。
——今まで『女優シリーズ』ばかり観てきたせいか、てっきり森村さんは女装に快感を見い出しているのかと思っていました。
よく訊かれるのが、「マリリン・モンローになった時はマリリンの気持ちになるんでしょうか?」という質問。でも、そんな単純なものでもないんです。
例えば過去に、森村版ブリジット・バルドーがハーレーに乗っている、というシチュエーションで撮影したことがありました。これは屋外撮影だったので、たくさんの人が見ている中での撮影。その真ん中に立ってその世界を傍観できるのは、ブリジット・バルドーになった自分しかいないんですね。その瞬間、これが女優というモノなのか、と悟りました。
例えば王様や映画監督といった人々はそうしたポジションを権力で保つけれど、女優はただそこに居るだけで成り立ってしまう。そしてそれは〝王女〟でも〝マリリン〟でも〝女性〟でもなく、あくまで〝女優〟という概念なんです。だから僕は、女優を演じるうえで固有の人物に成り切るのではなく、あくまでも〝女優〟というポジションに立つことを意識しました。
そういう意味では、男性を演じるのも女性を演じるのも、或る意味では大差なくて。衣装やメイクといった表面的な特徴はそれぞれ性を表しているかもしれませんが、その一方で〝なにかに立ち向かう意識〟が必ず含まれている。
例えば女優たちが非常に柔らかな女性の衣装を身にまとっていたとしても、考え様によっては人々を魅了する戦の武装と捉えることもできる。そういう意味では、非常に男性的で。逆に政治家や革命家にしても、衣装になんらかの魅せる要素が含まれていれば、女性的な要素を孕んでいると考えられます。そうした錯綜もまた、僕のテーマのひとつなんです。
——先ほど「芸術に時間軸は関係ない」という話が出ました最近、Keiichi Nittaというフォトグラファーがマリリン・モンローなどに扮装した作品を手がけています。森村マリリンを知らない人がKeiichiマリリンを見た場合、可能性としてさらなる倒錯を生み出す可能性もあると思います。こうした現象をどう受け止めますか?
そういう経験は今までもたくさんありました。シンディー・シャーマンも、僕と同時期に同じようなことをやっていましたしね。最近ではインドネシア人のアーティストが僕の『モナ・リザ』シリーズの、おなかに子供を宿した作品をベースに絵を描いたらしいです。
もしかしたらこうした現象はそれほど珍しくないのかもしれません。旧約聖書に出てくる場面なども、多くの著名な作家が描いていますよね。マリア様だけでも、どれだけの数が描かれてきたことか。
同様にマリリン・モンローも、現代という時代の重要人物の1人なんですよ。ウォーホルだって、彼なりの手法でマリリンをテーマに作品を作っている。そういう意味では、マリリンやマイケル、あるいはチャップリンなどといった人々が題材としてアーティストに扱われるのはそう珍しくはないということで。
人は彼らのような、時代のアイコンになにかを感じるのでしょう。現代ではアニメにそれを見いだす人も出てくるかもしれません。そういった意味ではこうした現象が起きても不思議ではないと思いますね。

塚本晋也

Interview and text by Tomo Kosuga
日本政府が〝クール・ジャパン〟なんてキャッチコピーを打ち出してコンテンツ産業を海外に売り込もうとしているのは最近の話だが、そもそも日本人の創造力は〝クール〟の垣根を超えた先の、世界的にも突出したドロドロした超妄想力をエキスとしている。だから〝クレイジー・ジャパン〟と呼ぶくらいがちょうどいい(心のなかでは〝クレイジー・HENTAI・ジャパン〟と叫びたいところだが、まあ良しとしよう)。
で、実際にクレイジー・ジャパン代表として挙げられる人物を考えたとする。色々なクリエイターが思い浮かぶと思うんだが、そのうちの1人として、或る映画監督が浮上するはずだ。
中学時代に自主映画を製作し始めたその男は、いかなる時も8mmカメラを握りしめながらすくすくと成長。そして28歳で生んだ映画がその後の人生を決定的なものにするばかりか、名だたるクレイジー・ジャパンのなかでもカルト的な人気を博すことになるーー。男の名前は、塚本晋也。そしてその記念碑的作品こそ『鉄男』だ。
1988年のローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリをみごと射止めた映画『鉄男』が塚本にとって特別な作品であることは、続く第2作『鉄男II BODY HAMMER』の公開が証明している。そんな『鉄男』が誕生20周年を迎えた今年、シリーズ第3作となる最新作『TETSUO THE BULLET MAN』がついに発表された。
8ヵ月ものあいだ水面下で製作されてきたその新作と、ヘビ好きなオレが愛して止まない『六月の蛇』を中心に、プライベートでの変化が作品におよぼす影響や、監督は果たしてSなのかMなのかといった素朴な疑問まで、憂鬱な雨が降り注ぐなか、ジットリとした愛のある話を隅々まで聞いてきた。
——はじめまして。……塚本さん、とても疲れてそうですね。連日の作業、お疲れさまです。 
塚本晋也:いえいえ、そんなことありません。いつもこんなカンジなので。新作の編集をずっとやっていたのもありますが、最近そのほとんどが終わりまして。いまは、画のクオリティを上げるために画の調子をいじったり音楽を決めたり、効果音を作ったりしているところですね。
——ではその新作について、簡単に教えてもらえますか。
いま作っている新作は、『鉄男』シリーズの3作目となる『TETSUO THE BULLET MAN』です。一見すると過去の作品『BULLET BALLET』に近いタイトルですが、これは〝弾丸のようにスゴい速さで弾け飛ぶ〟という意味にちなんでつけただけなので関係はありません。そして過去の『鉄男』2作と同様に、今作も製作/監督/脚本/撮影/編集を自分が担うという手法で作りました。『鉄男II BODY HAMMER』も『鉄男』の続編ではありませんでしたが、今回の『TETSUO THE BULLET MAN』も同様に全く新しいストーリーとなっています。撮影は東京で行ないましたが、セリフは全篇英語、主役もアメリカ人男性が演じています。そして僕自身も、『鉄男』2作に出てくる〝THE GUY〟という役で今回登場しているんですよ。
——監督の作品を振り返ると、2000年以前では〝人と機械、都市と肉体〟とうテーマで掘り下げられていたのに対し、以降の『六月の蛇』や『ヴィタール』ではまるでテーマが変わったように見受けられます。そうした変化を踏まえると、今回の新作はどういうベクトルにあるんですか? 
その頃の時期を境に、僕の興味の矛先が〝外側への興味〟から〝内側への興味〟へと変わっていっているような気はします。たしかに以前の作品では〝肉体となにかとの関係性〟だったのに対して、『六月の蛇』では肉体そのものが持つエロスを扱い、『ヴィタール』では〝肉体の内部を探ってみるとナニがあるんだろう?〟といった問いかけでした。だけどその辺のテーマでなにかこう、ガッチリと掴め切れていないような、悶々としたカンジがまだ残っていて。なので今回の新作は、その〝悶々〟の集大成のような作品にしたつもりです。それに加え、僕がこれから先突き詰めていこうとしている新しいテーマもほんのり入っている。そんな感じですね。
——監督の作品の特徴のひとつとしてアフレコが挙げられます。それは現場で音を犠牲にする代わりに画を優先するためですか? たしかに同録だと、せっかくいい画が撮れても音がうまく録れないせいでNGになることが多いと思います。
そうですね、主にそれが1番の理由です。それから、映画製作を始めた当初はアクション映画ばかり撮っていたんですけど、アクションって1つひとつのカットの尺が短い。だからそれぞれに時間をかけすぎるよりは、後で一気に録音した方が手っ取り早かったというのはありますね。その後に関しては、演技を必要とする映画を作っていくにつれて同録の良さを感じるようになったのもまた事実で。それぞれの良さがあるということでしょうね。それでも僕の場合、どちらかというと画を重視したり、作品に命を吹き込み直すという意味合いでアフレコを利用していると言っていいと思います。
——普通、現場での同録が困難なときに止むなくアフレコを使うものですが、監督はそれを意識的に用いることで独特の世界観を成立させてもいますね。
やはり、昔からその手法に慣れているのが理由のひとつですね。それから僕は、本来役者でない人を抜擢することが多いため、現場ではとにかく演技に集中してもらう。そしてアフレコの時、録音に集中してもらいたい。それも理由のひとつかな。それから、子供時代に観た映画やテレビにアフレコの作品が多かったのもあると思います。当時の『ウルトラQ』はヘタなアフレコで録音されてましたけど、当時はそれが当たり前。日活ロマンポルノを代表する神代辰巳監督の映画でもアフレコを特徴として挙げられますが、それなんてもう、口の動きが全然合っていない。でもそれが面白かった。まるでアフレコでは、現場のセリフと全然ちがう内容を言っているんじゃないかと思わされるような、まさに〝新しい命を吹き込み直したかのようなアフレコ〟 。僕はまだまだそんな境地まで達していませんが、いつかはそんな作品をやってみたいなと思っています
——いま考えると『ウルトラQ』のオーブニングはトリップムービーでした。そういう意味では『電柱小僧の冒険』や『鉄男』に見られるような、コマ撮りのカットを小刻みに繋げたシーンはトリップ感満載で『ウルトラQ』との共通点も感じます。
自分はドラッグをやらない前提で作品を作っているので分からないことが多々ありますけど、確かに『鉄男』はアメリカじゃ〝ドラッグでキマる時に効果的な映像〟だったみたいで。『鉄男』の最後の方って、延々とグチャグチャ戦っているだけじゃないですか。それを観ながらドラッグでキマる人がいたっていうのはたしかに自然な流れだったのかもしれません。でもドラッグでキマッた時に見える映像というのが僕には分からない。だから1度、その類の本を調べたことがあって。そしたら〝後遺症も残らず面白い映像が見えるようなもの〟について色々紹介されていて。だけど試した経験はありませんね。僕にとっては、正常な状態で感じられる面白いものをいかに面白く作れるか、というのが課題でもありますから。と言って、クソマジメにそう考えているワケでもないですけどね。

映画『鉄男』より

——それでは次に『六月の蛇』について。タイトルに〝蛇〟とありますが、実際にはヘビが出てきませんね。

この映画の中でのヘビは、心の中のウネウネを表わしているんです。『六月の蛇』に出てくる生き物といったらカタツムリですけど、だからと言って『六月のカタツムリ』ではそのまますぎるので。それからヘビは女性のなかに潜んでいる生き物でもある一方、男性器のようなイメージでしょう?
——『六月の蛇』では、写真行為(カメラとストロボ)も男性器の象徴として映っていました。写真家の荒木経惟さんは「カメラは男根だ」という名言を残していますが、劇中にそうしたモチーフを挿入したのは、やはりヘビ的な意味合いから?
その点に関して言うと、 AVでハメ撮りしている人がハメ撮り方法論について書いたエッセイというのを参考にしたんです。そこには「女性を官能に至らすにはデッカいカメラとデッカいストロボで撮ること」と書いてあって。いくら性能が良くても、小さなカメラじゃ軽いシャッター音しか鳴らないでしょう? それでは官能感がなさすぎるということで、 ボカーン!とデカいカメラで撮りながら脱がしていくのがイイと書いてあって。僕もまったくその通りだと思い、以前からカメラを題材として扱いたいと思っていたのもあって、〝写真を生業にしたかったものの叶わなかった男〟というキャラクターを映画に出してみたんです。
——『六月の蛇』で監督はストーカーの役を演じましたね。そしてヒロインを写真行為で追いつめていく。一見するとドSな男ですけど、人をキズつけつつも最終的には自分が1番キズついていく。あの映画で最も報われないのは彼だと思うんです。それから別の作品『東京フィスト』でも、監督の実の弟さんを劇中におけるライバルとして登場させ、弟さんの役に自分のオンナを奪われるというシナリオでしたね。監督って、実はSに見えてかなりのMじゃないかと。
なんとなく雰囲気はそっちの方が合っているかな。中学生の頃から自分ではM寄りだと思う一方、映画の中ではどちらかといったら〝Sの役を演じつつもMのキモチを味わう〟といった倒錯したケースが多いんですよ。だから、握りコブシを振り上げて「オレはSだぁー!!」というカンジの人間ではありません。だからといってSMクラブに行ったことがあるワケでもなくて。逆に行かない分、映画でその想いを爆発させているというのはあるかな。
——『東京フィスト』で主人公扮する監督が血だらけになりながらコンクリートのカベにドツくシーンがあって、そこで奥さん役が「コンクリ相手じゃ、あんまりだろ?」と言って監督の顔をしこたま殴りますね。あのシーン、いつも最高にウットリしながら観ちゃいます。ああいうヘンタイなシーン、大好きです。
(笑)僕の場合、そういうのは実生活じゃありませんね。あくまで作品で出すだけで。アタマの中ではヘンタイだったりするんですけど、実生活は意外とノーマルなんです。もしそういうことが出来ていたら、作品なんて作らずに済んでいたかもしれませんね。
——『六月の蛇』の前後でお子さんが生まれたと聞きました。それはひとえに、2000年を区切りに変化している監督の作風にリンクするようにも感じられます。私生活の変化が作品にもたらした影響は無視できなさそうですが。
それはあるかもしれません。最近でこそ穏やかな生活を送っていますが、それこそ20代の頃なんてマグマの噴出というか、そういった感情がウズウズと出まくる毎日でした。でも、子供が生まれてからは考え方も相当変わったと思いますね。変わるだろうと予測していたというか、自分から変わりたくてずっと子供が欲しかったんですけど。例えるなら、自然を手近に引き寄せたいといった感じでしょうか。そしたら、モロにそういうものがやってきた、というか。それこそ、台風や暴風雨が吹き荒れるといった大自然がいきなり目前に現れて。でもそれは、望みが叶ったんだから文句はないでしょ?という感じの大嵐なんですけどね。
——つまり、それまでの監督が〝機械〟で、お子さんの誕生が〝自然〟。その2つが出会うことで均衡が生まれたと。それってなんか『双生児-GEMINI-』や『六月の蛇』のテーマに近くも感じますね。
『六月の蛇』は最初こそ、邪悪な悪魔のようなストーカー映画を作るつもりだったんで。だけど、段々と変わってきて。その時期に結婚して子供も産まれる直前だったうえに、母が病弱になったりもして。そういった身の回りの変化が影響した可能性はありますね。だけど、いくら私生活で自分の母親が病弱になったからと言って、病気の母を救うストーリーを映画にしても、自分はそこに調和感を感じることはできない。だから、どちらかと言ったら『悪夢探偵2』のように、観客から「なんの救いもない話だ」と言われるような作品を作ってようやく自分の中で調和が取れたりもしますね。そこが面白くもあり、難しくもあるんですよ。
——しかし今回の新作は『鉄男』シリーズということもあって、原点回帰と言いますか、昔のテイストを復活させての公開、という感じでしょうか。
そうですね。子どもも大きくなってきたし、そろそろ昔の自分に戻りそうな予感はあります。ここ数年は〝自然〟とお付き合いしてきたけど、そろそろそれもカラダから離れ、また都会のドロドロへと戻る時期なのかもしれないってことですね。「あー、自然は良かったぁー」みたいな。アフリカ旅行へ行ったわけでもないのに、自然を十分味わった感じです。そういう意味で新作を振り返ると、自然を見ちゃったことによる丸みも感じられる一方で、これから僕が向かうべき新たな方向も出ていると思うので面白いと思いますよ。でもそれとは別に、壮大な自然の映画もいつか撮ってみたいですけどね!
VICE MAGAZINE FILM ISSUEにて掲載

めくるめく血みどろのスナッフ・ワールド

Interview and text by Tomo Kosuga

portrait_hideshi_hinoその昔〝スナッフビデオ〟と言えば、都市伝説の最たる例のひとつだった。いわゆる、娯楽目的で流通する殺人ビデオってヤツだ。誰もその実物を観たことはなかったものの、その存在だけはまことしやかに囁かれた。とりわけ憲法第9条という巨大な南京錠によって外部の悪魔どもから守られたこの日本において、その平和さゆえに鈍った本能を取り戻すべく、日本人がスナッフの存在に魅了されるのもムリはない。しかしそうした期待とは裏腹に、スナッフビデオが世に出回ることは1度もなかった。

時代は遡ること、1985年の或る日。ホラー漫画家、日野日出志のもとに1本のビデオが届いた。そして、それこそ1人の男が女の子をコマ切れに切断していくという内容の、まさしく一部の現実主義者によって待ち焦がれていた残虐スナッフビデオだった! それを再現VTRとして、日野自ら監督となって撮影したのが『ギニーピッグ2 血肉の華』(以下『ギニーピッグ2』)だ。今回、ホラー漫画の巨匠でもある日野のもとを訪れ、その素晴らしい漫画作品のことではなく、この『ギニーピッグ2』と本当にスナップビデオは存在したのかなどについて、しつこく質問攻めをしてきた。

——初めまして。日野さんは『ギニーピッグ2』の監督である前に漫画家として有名ですね。漫画と映像、このふたつがどう日野さんに関連してきたのか、そのきっかけを聞かせて下さい。

日野日出志:高校1年までは映画監督になりたいと思っていたんです。だから授業中に先生の目を盗みながら、芥川龍之介の小説『地獄変』や、自分の好きな映画の絵コンテを描いていましたね。ただ、当時は高かった8mmカメラを買うことはどうしても出来なくて。それでフラストレーションが溜まっていたんでしょう。
それで或る朝、友人が紙の束をドカッと僕の机の上に置いた。それがマンガだったんです。「なにコレ?」と訊くと、「キミはこういうのが好きそうだから」と言うんですね。それは彼が自分で描いたものだったんですが、それなりに描き慣れていて絵もウマかった。それを読んでいくうち、 そういえば自分も子どもの頃によく描いてたっけと思い返して。映画とはちがい、マンガならすぐに作品が出来上がるでしょう? そんなワケで 、マンガを描いてみるかとなったのがきっかけでした。

——たしかに映画でいう絵コンテはマンガそのものですね。

そうですそうです。映画に比べたら、手っ取り早く作れるしね。紙と鉛筆、それからインクとペンさえあれば出来ちゃう。マンガも奥が深いですから、すっかり虜になっちゃって。それがきっかけで、大学にも行かないことにしたんです。

——では、再び映画に回帰することになったきっかけは?

まず『ギニーピッグ2』の前には当然のことながら『ギニーピッグ1』があって、それは別の人が撮ったんですね。その製作陣に私のファンがいたみたいで。それでプロデューサーが私のところに来た。私はマンガ家だからストーリー物を撮ってみたいと思いましたが、彼らはこう言うんです。「予算もないから、撮影場所も1ヵ所に絞って長回しで撮って欲しい」と。そうした制限下でどんなものを撮れるか考えたんですが、当時の日本ではスナッフが都市伝説として騒がれていましたから、それをテーマにしてみようと。ただ、そのままストレートに描いたのではツマらない。そこで、ひとつの設定を設けたんです。 〝或る日、アタマのオカしいファンが私に8ミリを送りつけてきた。その内容がスナッフだった。それをそのまま公表することは出来ないので、私が再現映像を作る。それがこのビデオだ〟 とね。とにかくテーマや主人公の心情などを抜いてしまうことにしたんです。これが初監督作品だったし、周りも若い連中ばかり。そんな状況でストーリー性の強い作品を撮るとなると、必然的に安っぽくなってしまう。だから逆にそういった要素を一切省くことにしたんです。

——えーっ!! じゃあやっぱりスナッフビデオは存在しなかったんだ……(メチャクチャ残念でこの先の話を聞く余力もなくなっちゃったけど、がんばって続けよう)。先生のマンガではストーリー性が重要な要素なのに対し、『ギニーピッグ2』はストーリーのない〝映像〟。だいぶ思い切りましたね。

この作品に関しては、物語性やテーマ性を抜くことに意味があったんです。でも逆に、当時はそれが問題になってしまったようで。ホンモノのスナッフに近くなりすぎてしまった。当時、ジャーナリストの木村太郎がテレビのニュースで、映画評論家の水野晴郎に「こういうビデオは世の中に必要でしょうか?」と訊いていました。すると水野晴郎は「まったく必要ないですね〜、ハリウッドのホラー映画には必ずテーマがありますから」とかなんとか言っていましたよ。そんなの分かっとるわ! 冗談じゃない、ハリウッドのホラーにオレのホラーは負けないわ! それが狙いなのに。 ガキみたいなこと言ってやがんな、と思いましたよ。

——このビデオがレンタルビデオ屋に置かれているのを見たことがありますけど、たしか既に発禁物なんですよね?

まだありましたか! 『ギニーピッグ2』は本来、全て回収されているハズなんですよ。当時、日本全国の教育委員会があれを観てマズいと思ったらしく、全部回収されてしまったんです。私にしてみたら、そんなのは 〝してやったり〟 ですけどね。そういう風に、日本でならまだしも、欧米でも話題になるとは思ってなかった。アメリカではDVDも出ているし、欧米のホラー業界でこの作品を知らない人はいないみたいで。スペインのサンセバスチャンで毎年開催されている《ホラー映画祭》にも一昨年ゲストとして招かれ、『ギニーピッグ2』の上映会をしたんですよ。
ビデオ『ギニーピッグ2 血肉の華』より

ビデオ『ギニーピッグ2 血肉の華』より

——主人公の殺人鬼がカブトを被っているのを見て、むしろ海外を意識して作ったのかなと思ってました。

そういった意図は全くありませんでした。というのも、殺人鬼役の役者に動きのテストをさせてみたところ、どうも存在感がないんですね。それでどうにか特徴をつけようと思い、カブトを被せてみたんですよ。そして魚屋さんのゴム製エプロンを着せ、口には口紅を、頬には白粉(おしろい)を塗った。ただそれだけですね。

——海外のWikipediaには、主人公は日野日出志本人、と書かれてました。

私は出てませんね。何年か前にアメリカでマンガを14冊ほど出版したんです。それが出たら、世界から取材が殺到したんですよ。カナダ、イギリス、フランス、イタリア、ブラジル、メキシコ……。そしてインタビューの時に必ず『ギニーピッグ2』について訊かれる。欧米じゃ、チャーリー・シーンがこのビデオを観てホンモノのスナッフだと思い込んでFBIに通報した、なんてウワサが一時期話題になったみたいで。それで、私のマンガが海外で出るまでは「Hideshi Hinoは何者なんだ」とウワサされていたみたいですね。そういった経緯もあって、そんな誤解が生まれたのかもしれません。

——チャーリー・シーンの通報について、もう少し聞かせて下さい。

海外からの取材でもまず最初にその話題が出るから、逆にこちらから訊いたんですよ。「チャーリー・シーンがタレ込みしたらしいけど、ホントにFBIは動いたの?」って。そしたら「動いた」と言うんですよ。だから「FBIの連中と会わせてくれ、オレはハリウッドの映画が好きだから」って言いました(笑)。あっちもジョークと受け取って笑ってましたけど。

——当時、この作品を巡って裁判に巻き込まれたりは?

裁判までは行きませんでしたが、色々と大変でした。まず当時、宮崎勤による連続幼女誘拐殺人事件が起きたんです。それをニュースで知った視聴者が、犯人は『ギニーピッグ2』を観てマネしたんじゃないかと思ったらしく、この事件の管轄だった深川警察に知らせたらしいんですね。それで深川警察から連絡が入り、「犯罪者の心理について話を聞きたい」と。私は了解し、プロデューサーと2人で数日後に伺う予定だったんですが、その前に犯人の宮崎勤が捕まった。そして彼の部屋から実際にギニーピッグシリーズのビデオが見つかった。でも見つかったのは『ギニーピッグ4』で、私とはまったく関係のないビデオだったんですが、運が悪いことに深川警察は犯人逮捕の直前に『ギニーピッグ2』を観ていた。ましてやギニーピッグがシリーズ物だなんて彼らは知る由もないから、ギニーピッグが見つかったと聞いて、彼らはてっきり『ギニーピッグ2』だと思い込んでしまったんでしょう。それで深川警察は報道陣に誤った発表をし、その日の夕方にその誤報が一斉に流れてしまったんです。

——それはあり得ないですね。

私も納得がいかないので、事件が落ち着いた頃に深川警察へ行ったんです。「ホントに『ギニーピッグ2』があったのかなかったのかハッキリしてくれ」と。そしたら当時の刑事がこう言ったんですよ「なんでそんなこと今更気にするんだ、あれだけ話題になって儲かったんだろ?」とね。冗談じゃないですよ。私は雇われ監督だから、いくら売れようが関係ない。そのうえ、「個人的にはアダルトの方がよっぽど教育的だ」とまで言われましたね。他にも、私は最初からこれを作り物と公言して製作していたのに、木村太郎はニュースでこの作品の一部を流した。こっちは年齢制限を設けたうえで世に出しているわけですから、当然テレビでの放映なんて想定していませんよね? それをテレビで流すなんて。常識を疑いますよ。おかしいですよね、事件の直後だというのに。それこそ非常識ですよ。

——その事件はマンガの仕事にも影響しました?

しました。予定していた単行本が3、4冊あったんですけど、発行差し止めになっちゃいましたね。それからギニーピッグシリーズで他にもストーリー性の強い『マンホールの中の人魚』という作品を当時撮ったんですが、その劇場用の映画版を作る話も持ち上がっていたんですよ。撮影の準備も始めていた段階だった。私にとって初の映画だし、とても意欲があったのに、ちょうど撮影に入る直前にあの事件が起きて。それで製作会社にマスコミが駆け込んでしまったから、これはもうダメだということで映画の話もなくなってしまった。

——『ギニーピッグ2』には〝この作品はフィクションです〟みたいな表記がなかったと思いますけど、今ならそういう表記がないと大騒ぎになるような内容ですよね。それこそ、ホントにスナッフが存在するんじゃないか?と思ってしまいそうです。

いや、実はフィクションって書いてあるんですよ。仕掛けがちゃんとあって。最後のテロップが流れ終わってから30秒黒みが続くんですが、その後に〝なにからなにまで全てフィクションです〟 という注意書きが出てくるんです。普通はそこまでまず観ないけど、それをすぐ入れたら面白くないんでね。そこも含めて作り物なんだから、そこは遊ぼうよと思って。

——それは気づきませんでした! それから男は画面に向かっていちいち話しますよね、「次はココを切る」みたいに。日野さんのマンガでも、キャラが読者に向かって「オマエも死ぬ!」とか言うじゃないですか。だから男がしゃべる毎に「オマエも死ぬ!」と言われているような気がして。画面を越えた恐怖を感じました。

セリフなしでただ流すだけでは、単なる客観的な映像で終わってしまう。しかし男に説明をさせることで、観る側と繋がりができる。要するに、もう1人共犯がいる、という設定なんです。それこそ観ている人は、現場を映しているカメラマンなんですよ。そういった感覚で、閲覧者と擬似対話している感じになるかなと。

——こういった映像を見て思い出すのは、テロ組織による殺人映像です。彼らもまた画面に向かって話しかけ、そしてカメラの前で人を殺す。それこそ、その映像を観る人全てを共犯者に仕立て上げるかのような撮り方をしています。だけどそうした映像がネットを介して世の中に流れるようになったのは極最近のこと。『ギニーピッグ2』は、そういった映像の使い方を予見するような映像作品でもあったと思いますが。

当時そんなビデオはありませんでしたからね。だから初めは、オレのビデオを観たんじゃないかと思ってドキッとしましたよ。でも現実とフィクションは別次元の話ですから。どんな理由があるにせよ、彼らがしていることは許せることではありません。政治に関しては言っても仕方ないのであまり言いたくはありませんが、正直アメリカが悪いと思いますよ。あそこまで彼らを追い詰めたのは。東洋まで巻き込んで欲しくないですよね。

——『ギニーピッグ2』では最後に、女の子の目をえぐるシーンをクローズアップで撮ってますね。あれはもしかしてルイス・ブニュエルとダリによる映画『アンダルシアの犬』の影響ですか?

それは観てませんね。あれは役者がテンション上がってやったことで。あそこまでは私も演出してないんですよ。でも本人は役に入っちゃっていたから、ストップをかけずに観ていたんです。やるぞやるぞやるぞやるぞ!ってね。

——それから撮影後に現場近くでベッドを捨てたのが原因で大変なことになったと聞きましたが。

そうそう、スタッフが撮影後にベッドを荒川に捨てちゃったんですよ。そしたらタイミング悪いことに、丁度その頃荒川でバラバラ事件があって。死体の部位が発見されたりしていたんですね。そこにベッドを捨てちゃったモンだから、エライ騒ぎになったみたいで。川口警察署から呼び出し食らいました。

——……ずっと気になってたんですけど、ここ(日野さんのアトリエ)にはリクガメがいますね。

6、7年くらい前になりますね。私は生き物が好きだから、ストレス解消も兼ねて近所の熱帯魚屋まで時々見学へ行っていたんですね。その時初めて見たんですよ、リクガメを。こんな生き物がいるんだ!と思って。或る1匹は見つけた時、もう死にかかってて。エサは食わないわ、目は開かないわ。ウロコは剥がれているし。そのままじゃ死んじゃうから、自分なりになにか出来るんじゃないかと思って、連れてきました。そして温浴させて、水を飲ませて。その後レタスを口元まで持って行ったら、これが食べたんですね。リクガメフードもまぶしてあげたら食べて。コレで大丈夫だ!と。それから段々と元気になっていきました。それを亀オタクの仲間に話したら喜んじゃって。「じゃああげます」と言われてもらってきたのばかりですよ。最初は小さかったのに段々みんなデカくなってきたから、私の仕事机の上にケージを自作して。仕事の机が取られちゃいました(笑)。

真鍋大度は電気パルスで表情をコピーする

Interview and text by Tomo Kosuga
いくつもの電気パルスを顔につけ、自家製のテクノ・サントラに合わせて自分の表情をありえないスピードとありえない口と眉毛の動きで動かしまくる真鍋大度は日本のアーティスト。 世界中であまりにも反響が大きかったせいで、なんと寄生虫のようなハリウッドの広告代理店が彼のアイデアをパクり、全国規模で放映されるミルクチョコレートのCMを作ってしまうという現象まで起きた。これは本当にサイテーだ!(平和主義の彼は「必ずしもパクったワケじゃないと思うよ」と否定しているが、神に誓って絶対そうに決まってる)。
どちらにせよ、今や有名人の彼。今回じかに会い、一見普通の男子がどうして自分の顔を痛めつけているのか(単に退屈だったってだけじゃない)、そして電流アートの今後について訊いてみた。
——映像『electricstimulustoface』が生まれたきっかけはどんなものだったんですか?
真鍋大度:表情のコピーが出来たらキモチワルイんじゃないかと思ったのがきっかけでしたね。バイオ・アート・デバイス開発の第一人者である照岡正樹さんが「笑顔は感情が伴わないと作れない」と言っていたんです。でももしかしたら電気でもちゃんとした笑顔は作れるんじゃないのかと思ってやってみた。
もちろん笑顔はうまく作れず、技術的にコピーマシンは作れないとすぐに分かるんですが、テーマとしては面白い。だからパフォーマンスとしてチャレンジしてみて、失敗も含めて作品にしようと考えました。この動画自体は表情のコピーの実験過程で生まれたモノなんです。笑いや怒りといった表情をベースにシーケンスを組みました。
それから、ステラークというアーティストからの影響も大きかったですね。 ネットを介して自分のカラダを動かす「PINGBODY」という彼のパフォーマンスにインスパイアを受けています。
——僕がこの動画を見た時に思い出したのは、カエルの筋電実験でした。電気を流すコトによって死んだカエルの筋肉がビクッと反応するヤツ。
そうですね、顔に電気を流して表情を作る実験自体は1850年代から行われています。だから僕は“新しいテクノロジーを作っている人間”ではないんです。こないだニューヨークで行われた「ドークボット」という電気系の集まりでも僕の映像が流されたんですが、その時のイベントのタイトルは「You’reDoingIt Wrong:CreativeMisuseofTechnology」というモノでした。“新しい”というよりは“間違っている”と言った方がシックリきますね。
任天堂のゲームボーイを開発した横井軍平さんは、テクノロジーを面白い発想で利用していました。彼は“枯れた技術の水平思考”という哲学を残していますが、それは使い古された技術を今までなかった使い道で再活用するというモノでした。
例えば昔のファミコンでコントロールするロボット『ジャイロ』などがイイ例です。アレは単純にコントローラーで動かすロボットではありませんでした。ロボットの目に光センサーが埋め込まれていて、コントローラーのボタンを押すとテレビ画面がパチパチバチとグリーンに光る。そのパターンをロボットの光センサーが認識して動き出すんです。 彼はテレビの画面をコントローラーとして使ったんですね。そこが面白かった。
そういう風に、本来のテクノロジーとはちがった使い道を考えるのが、僕の目指すところですね。
——動画『electricstimulustoface』をYouTubeにアップしようと思ったのは、どういうきっかけからだったんですか?
NHK主催の「デジタルアートフェスティバル」というイベントでパフォーマンスを依頼されていたんですね。でも当日僕は他の仕事で行けなかったので、代理として友達に出てもらうことにしたんです。その友人にどんなパフォーマンスなのかを事前に確認してもらうためにあの動画を撮影してYouTubeにアップしたんです。それをどうもギーク系ブログが取り上げてくれたみたいで。それで急に火が付いて、いつの間にか多くの人から見てもらえるようになっていました。知り合いのアーティストの友人や身近の人たちがネットで紹介してくれたのも大きかったと思います。

——普通なら作品の制作過程はクローズドな空間で確認し合うのが一般的とされるのに、真鍋さんはオープンな場で公開したんですね。それはどうしてですか?
プログラマーの人たちには「オープンにしてみんなでシェアしよう」という考えがあって、僕はその恩恵をスゴく受けているんですね。僕が実際に使っているアプリにもフリーのモノが多いですし。 「アイディアを考えてそれを実際にカタチにして、最後にシェアする。そこまでやらないとダメだよね」と言っている人たちがいるんですが、確かにやりっ放しじゃ勿体ないとは僕も思います。それに、僕らだけタダで色々使わせてもらっているのは申し訳ないですからね。僕らがワークショップをやるのだって、若い世代にシェアするというのが目的の1つなんです。
——YouTubeにアップされている真鍋さんの動画の説明やタイトルにはよく「test」というワードが入っています。試作版ということなんでしょうが、なぜテストをわざわざ公開するんですか?
テストと書いているのは、作品と呼ぶに至っていないモノだからですね。YouTube上にアップしているのは基本的に制作過程のモノが多くて、“完成してないけど面白いかも”と思えた時に記録としてその都度アップしています。 少し前までは、この手の実験を誰かに見せようと思っても、例えばDVDに焼いてそれを発送しなければならなかった。けれど、YouTubeが登場したおかげでそうした一連の作業を必要としなくなったんです。僕らのような末端で色々遊んでいるギークにとっては、それによってチャンスがとても増えたと思いますね。
——音と手足が同期する映像『myoelectricsensor』の話をしましょう。これは『electricstimulustoface』とどう違うんですか?
アレはセンサーを使って、筋肉に流れる微弱電流を音に置換しているんです。だからコレは『electricstimulustoface』と真逆のシステムなんですよ。元々ダンサーとの作品作りの際に使ったモノで、“超ミニマルなダンスを作る”というのが当初の目的でした。それじゃあ体内の筋肉だけを動かそうという話になって。 でもそれでは端から見たらなにが起きているか分からないし伝わらない。そこで照岡さんに「センサーをつければ筋肉の動きを記録出来ますか?」と相談したら、「出来ます」と。元々は動かないというところから始まったけど、さすがにそれではダンスが成立しないので少しずつ動きをつけていって。

electric stimulus to face: test3』より

それを使えば、例えば即興のダンサーにその場限りの踊りにシンクロしたバックサウンドをつけられるってことですよね? 例えば全身にセンサーをつけたら、ダンサーは全ての動きを音へと置換できるんでしょうか。
理論で考えるとそうなんですけど、実際にやってみると、イイ音楽を動きで作るのは難しいんです。踊りの振り付けの美しさを表現するのと、イイ音を出すというのはちがった原理ですからね。
例えばミュージシャンにセンサーをつけてもらえれば音楽的なアプローチでイイ音を出そうとしてもらえるけれど、ダンサーはまず振り付けの美を優先に考える。それが果たして音楽的に素晴らしいかと言ったらそうではないんですね。 それにセンサーの数を増やせば増やすだけ複雑になっていって、音を作るのが難しいんです。リズムやメロディ、ハーモニー、それからエフェクトを1つぐらいの範囲であれば自分でもプログラムを把握できますが、いざセンサーが20コほどになってくると非常にややこしい。
僕はむしろ、ゲームのコマンドを設計するように、少ないセンサーで数多くのパターンを作る方を選択しました。逆に映像の場合はセンサーが多くても面白い絵にするのはカンタンなんですけどね。また、それをやってみた時に、複雑になりすぎて音とカラダの関連性が伝わらないんじゃないかという疑問もあります。
——YouTubeのコメントに「ビョークが会いたがっているよ」と書かれていましたけど、彼女から実際に連絡は?
ビョークが在籍するUNIVERSALMUSICから連絡はありましたね。でもそれはビョークからの依頼ではなく、他のアーティストでした。電気に限らず何かPVを作ってほしいといった要望でしょうか。まだ何も始まっていません。ビョークからコンタクトが来たらそれほど光栄なことはありませんけどね。
でも僕は、どちらかというとPerfumeに電極をつけたかった!彼女たちの映像チームが来たことがあって、その時にこの動画も見せましたが、「いやあ、コレはダメだなあ」と言われてしまいました。“ゼッタイにこの人たちやらないでしょ”みたいな人にやってもらった方が面白いと思うんですよね。
それにPerfumeだったら、観てくれるオーディエンスもガラッと変わると思うんですよ。全然知らない人たちが見てくれるハズだから、新鮮に受け止めてもらえそう。またそこでちがう解釈で盛り上がったりとか。僕は基本的に誰かとコラボレートするのが好きなんで、センサーでも低周波パルスでも、興味を持ってくれた人は是非連絡して下さい!
——このパフォーマンスをマネしている海外のCMがあるみたいです。そういうのはどう思います?
ああ、ありましたね〜!お菓子のCMでコドモ2人が座って顔を色々動かしているヤツ。アレが出てきた時は色んな人から心配のメールをもらいました。中にはロンドンの代理店からもメールが届いて、「一緒にやったのか?」と書かれていました。でも実際にはなにも関与していません。
だからパクられたと言えばパクられたのかもしれませんが、アレはアレでちがった解釈とちがったコンセプトの下でやっただけのことだと僕は解釈しています。なので僕自身はなんとも思っていませんね。ただ、あのCMが出た後に色んな人が自分たちのブログでこのCMの動画と僕のを比較した記事を書いてくれたので、それによってさらに宣伝してもらえて良かったなと思っているくらいです。
——今後の展望は?
今やってみたいと思っているアイディアが3つ程あります。そのうちの1つが、強力なパルス磁場を使って脳を刺激するTMS(Transcranialmagnetic stimulation)を使ったパフォーマンス。コレでなにか新しいことをやってみたいんですけど、イジる場所が脳なだけにキケンだし、そんなライセンスも無いし……と一歩進めないでいました。
だけど、ニューヨークへ行った時に打ち合わせで会ったフィラデルフィアのサイエンスミュージアムの人たちにこのことを話したら「ああ、僕たちもちょうどそれに興味を持っていたんだよね」と言われて。それでやってみようかという話になったんです。まだ作品になるかどうか分からないし、まだまだ壁が多くありますが、自分の限界を超える表現ができるかもしれないので是非挑戦してみたいですね。

日出る国の新型ホームレス、ネットカフェ難民

Text by Tomo Kosuga
Illustration by Shintaro Kago
最近じゃ世界のドコへ行ってもネットカフェはあるけど、日本の場合は設備の整い方がハンパじゃない。レジでは食べ物も買えるし、どこも基本的に個室が用意されていて、その中にはパソコンやテレビ、リクライニングチェアが常備されている。何千冊というマンガも置かれているし、シャワールームの設置されている店も。

そしてそのほとんどが24時間フル営業だ。だからネットしていて眠くなったらリクライニングチェアを倒して寝ちまえばイイ。そしたらおおっと、あっという間に伝説の“日出づる国”の太陽が照らしているハズだぜ(だからと言って、薄暗いカベに囲まれた洞窟のようなカフェの中じゃ太陽なんて見えるワケないけど)。
超物価の高い日本で心地よく一晩過ごしてたったの1,500円程度しかかからないんだからハンパじゃない。こうした破格を、急速に増加している失業者やそれに伴って住む場所を無くしている日本人の数に反映させてみれば、ある1つの結論が導き出せる:日本のニュータイプのホームレス、てな。

実際、なけなしのカネで寝泊りできる場所があることに目をつけたホームレスたちが日本に増えるにつれ、ネットカフェは社会の注目となった。2007年度の厚生労働省による東京と大阪での調査では、“ネットカフェ難民”と呼ばれる連中の数が5,400人にも上っている。その多くが、日銭で生計を立てている日雇い労働者だ。この特定のホームレス人口の内訳で最も多いのが20代で27.7%、そしてその次が50代で25%。東京だけでみると、住居を失った理由に「仕事を辞めた」と挙げる者が半数を占めしている(2008年の統計はまだ出ていないが、失業者率の上昇に伴いネット難民の数も増加してることは間違いないだろう)。
東京におけるこういったネットカフェ難民の平均月収は10.7万円。一方で彼らのひと月の出費は、寝泊り代におおよそ2.8万円、娯楽が2.6万円、食費が2.9万円、そして携帯電話といったその他の生活必需品を合わせたトータルで平均10万円弱ってトコだ。だから、当たり前だけど貯金なんて到底ムリ。その日暮らしを強いられているだけに、部屋を借りようにも礼金や敷金も満足に用意出来ない。そうして特定の住所を持っていないと正規雇用の職にも就けない。まさに“負のスパイラル”に陥っているってことだ。
各メディアが彼らを『隠れたホームレス』と名づけて一斉に報じ、騒ぎになった後に政府は“ネットカフェ難民専用相談窓口”を開設した。だがココのサポートを受けられるのは、東京に6ヶ月以上いながらも現時点で住居のないヤツらだけ。明らかにそのほか大勢の貧しいヤツらを除外しているってことだ。そして偶然にも、相談窓口の事務所は東京で最も危険かつ誘惑の多い歓楽街・歌舞伎町にある。政府が言うには、“新宿が最もネットカフェの多くてアクセスしやすい街だから”ってことらしい。なるほどね。では敬意を表して、“怪しいニオイがプンプンするけどな”とだけ付け加えておこう。
オレはまず、蒲田にある最も有名な“簡易宿泊所と化した某ネットカフェ”を訪れる前に、同じく蒲田にあった一般的なネットカフェへ潜入してみることにした。その下準備として、ヒゲを一週間ほど剃らずに放置し、髪もボサボサになるまで伸ばし、3日ほど着たままの汗クサいTシャツを着込んでみた。そう、つまりヤツら難民の1人に成り切ってみてこの街のヤツらの反応を見てみようってな魂胆だ。そして受付ではこう言い告げられたぜ:「満室で既に5人ほどお待ちいただいている状態ですので……」。なにそれ、断ってるつもり?しかも、5人もドコに待ってるんだ?周りに誰も見あたらないんだけど?
そう、つまりは単純に「冗談じゃない。オマエみたいな乞食に部屋を使わせるか、このホームレスが」という捨てゼリフを丁寧に言われただけのことだった。こうしてオレは晴れて“ネットカフェ難民”として認定された。それじゃあ洗礼も受けたことだし、後は同じ境遇のヤツらと触れ合うしかないだろ?
オレは自信満々に外へと出て、最も頻繁にメディアに登場している“簡易宿泊所と化した某激安ネットカフェ”の近くをさまよっていると、ブツブツ独り言をつぶやく汚い身なりをした30代の男が目に入ったのでさっそく声をかけてみた。「ねえ、一緒に朝メシ食いに行かない?おごるよ。1人で食べるのって寂しいしさ」。だが男はオレをジロジロと一瞥すると、無言のまま去っていったんだ。その後も同様にそれらしきヤツら数人に声をかけてみたが、結果は同じだった。そんなにオレは“ホームレスの男たちをレイプして殺すゲイの変質者”にでも見えたのか?ああ、多分な。
とにかく、そんな生活を1週間続けてみたが、成果は上げられなかった。それもそのハズ。ヤツらのほとんどが日雇い労働者、概して落ちこぼれの集団だ。生活水準の高い日本人にしてみたら途方もないくらい恥ずかしい彼らの路上生活を考えると、ヤツらが見知らぬ人間と話したがらないのも分からなくもない。それでも、“もしかしたらオレのやり方がいけなかったのかも”と思ったオレは作戦を変更し、今度は身なりを整え、堂々と取材を前面に出したインタビューを試みた。だが結局は、誰に声をかけても最後まで話を聞かないまま逃げる始末。
オレは次に、先述のネットカフェへと向かった。そこは駅から歩いて数分の距離にある今にも崩れそうな小汚いビルの中にあった。そして小汚い格好の男たちがうろつく店内には、思ったとおり一角にスナック売り場、そしてもう一角にマンガがずらりと並べられていた。夕方7時を回ると、学校を終えた中学生の集団が同じビルにある塾教室へと駆け込んでいく。そうした子どもたちが乗り込むエレベーターの側では、中年の男たちが自分の汚れたTシャツの匂いをかいだり、居心地悪そうにカラダをユラユラ動かしていた。
このネットカフェでは2種類の部屋が提供されている:1つはテレビの置いてある畳の部屋。そしてもう1つがイスと机、そしてパソコンが置いてある部屋。畳の部屋にはテレビが1台置いてあるきり。きっと、横になって寝れる様に用意されているんだろう。オレはとりあえず“個室”をチョイス。利用料金は1時間100円。他の多くのネットカフェが1時間400円はかかることを考えると相当安い。ココの人気にも納得だ。
だが個室とは言え、ボロボロのカーテンで仕切られているだけでプライバシーも防犯性もなし。そのせいか、ネットカフェ難民を狙った窃盗事件も多発しているらしい。各階エレベーターの側にはコインロッカーが備え付けられていて、各室のパソコンは太い鎖と南京錠で固く縛り付けてあった。キーボードはところどころキーのないモノもあり、その上をなんだかワケの分からないベタベタしたモノが覆っている。床には大量のゴミとタバコの吸ガラ、そしてカベはビリビリに破られていた。超せまい個室に備え付けられたリクライニングチェアは不釣り合いなほど大きくて、前に回って座るのも一苦労だ。
それでもせまい空間に落ち着きを感じてしまう、それが日本人。実際、オレもその例外じゃなかった。近くのヘビースモーカーからコンスタントに聞こえてくる“スーハー”というタバコを吸う音とそのケムリさえなければ、それこそ快適だったと言える。
カフェの客はと言うと、真っ黒に日焼けしボロボロとなった作業服を着た連中がほとんど。当たり前だが、最後まで女性客の姿を見ることはなかった。そういえば、政府の調査でネットカフェ難民の一番多くを占めているハズの若い連中の姿もほとんど見なかった。実際、オレが見た客の中でも若者らしいヤツはたったの1人(もちろん、そいつもオレとは話をしてくれなかった上、なんだかアジア系の外国人っぽかった)。
この店まで寝に来る客はと言えば、30〜40代の小汚い無職っぽい男たちと、年老いた50〜60代の日焼けした労働者らしいオッサンたち。政府の調査結果に出ていた若いヤツらっていうのは、ちょっとした短期滞在程度のレベルでもう既に存在しないんじゃないのか?
そんな疑問は政府のおかしな新政策にも結びつく。調査にあたって、政府は国中にあるインターネットカフェに片っ端から電話をし、店員に平均的なオールナイト利用者数とそのうち週の半分以上を利用する常連客の数を訊いた。まず店員の記憶を基にしている時点でそのデータの信用性はないから、この調査の数字がどこまで正しいのか知ることも不可能だ(おっと、それから全国の146店舗にアンケートも置いたらしいんだけど、何もしゃべりたがらない恥ずかしがり屋のあいつらの何人がアンケートなんかに答えると思う?)。
東京におけるネットカフェ難民問題とそれに対する政府の役割について理解をより深めるため、オレは“ネットカフェ難民専用の相談窓口”の相談員と話をしようと思い、いざ歌舞伎町へと出かけた。なんでも定期的に歌舞伎町を歩き回って巡回相談をしているらしい。しかしヤツらのサイトに書いてあった巡回相談の時間帯に1時間以上も夜中の歌舞伎町を歩き回って探したが、結局相談員の姿を見つけることは出来なかった。
翌朝、相談窓口に電話をすると、なんと昨晩は台風が近づいていたから7時半の時点でパトロールは中止にしたとのこと。せめてサイトのトップでそう告知しろよと思いつつも「昨晩はその時間帯に雨は降ってなかったんだけど」と伝えると、「現場の担当の判断で中止になったんでしょう。このパトロールはアウトリーチプログラムで、潜在的なネットカフェ難民を私たちが見つけて声をかけるというモノですから、通常は電話で予約をとってもらえれば窓口で相談を受けられますからね」という回答だった。エーッ、じゃあホームページで告知する意味ってなんなの?「まあ、みんながみんな、ホームページを見ているワケじゃありませんから」だって。なるほど。つまり政府の調査で明らかとなった“インターネットに夢中な若いネットカフェ難民”ってのは、ネットカフェで生活しているハズなのに、支援費用をもらうためにはネットを活用してないってことなのか。じゃあサイト上での告知は誰に向けてのモンだったんだ?ただの“私たちガンバッてます!”アピール?ホント、カンペキに筋の通った話だよな。
政府のこんな情報管理能力の無さは、09年度に施行予定のネットカフェ難民に対する新しい融資政策に関しても言えることだ。コレは公共職業訓練の受講を条件に3ヶ月〜6ヶ月の間、住居や生活費として毎月15万円を融資するというモノだが、年収150万円以下の者には返済が免除されるため、実質的には給付と言ってイイ。だからまあ、ラッキー!ってヤツ。政府はこのために2009年度予算案に1億円を盛り込む予定。ただし、その対象となるのも、“ネットカフェで寝泊りしながら日雇いで働いているような30代後半以下の連中”。言い方を変えると、オレが実際にあのネットカフェで見てきたような中年・高齢のワーキングプアには適用されないってことだ。
おっとそれからもう1つ落とし穴が:1人を支援するのに平均70万円くらいかかるのに予算1億円程度じゃ、実際にこの政策の恩恵を受けられるのは140人程度。つまり、政府の調査で明らかとなった5,400人のネットカフェ難民のたった2.6%程度しか救われない計算になる。しかも5,400人という人数だって氷山の一角に過ぎない。
とまあ数字をたくさん上げてしまったけど、分かりやすく言うと、こういうこと:日本政府は、燃え盛る炎にスプーン1杯のツバをかけて消そうとしてて、今年も多くの年寄りホームレスたちがネットカフェで過ごす時間がますます長くなりそうだってことさ。

サイケデリックなドラッグ仙人のワナ

Interview and text by Tomo Kosuga
[初出掲載:Viceland.com日本版 2009年3月]

14-399x382ローの写真は不思議だ。人や動物、風景、建物といったスナップ写真がゴチャ混ぜにミックスされているんだけれど、そのどれもが断片的で説明しがたい。とにかく抽象的なスナップの集まりなのに、それでもなんらかのストーリーを物語ろうとしてくるんだ。
「それ矛盾してるだろ」って? そう、彼の作品は矛盾している。だけどなぜか成立もしている。水と油が溶け合うような、ありえない現象だ。 実は中国の奥地、雲をも突き抜けた山のてっぺんに暮らす666歳のコーンヘッド仙人か誰かが手がけた魔法なんじゃないかとも思いたくなる。
そんなローが表参道・ラットホールギャラリーで個展『グッドナイト・フラワーズ』を開いた。常人離れしたこの魔法使いを前にして、作品に隠されたトリックを単刀直入に訊いてみたところ、やっぱりタネも仕掛けもしっかりあるようだ。

抜けた首の色気

Kago_Portrait奇想漫画家、駕籠真太郎。なんとも不謹慎なネタで溢れかえる彼のマンガは、マンガという枠組みを超え、早くも現代アートの領域に突入しようとしている。
そんな駕籠が最近ハマッているのが、タイを含む東南アジア全域に伝承される妖怪『抜け首』。普段は何の変哲もない人間だが、夜になると胴体から首と内臓が抜け出し、妊婦や子供を襲っては生血をすするという。このホラーでイミフメイな生命体は当然ホラージャンルでも人気の存在で、タイだけでも10本近い抜け首映画が製作されている。
抜け首のどこにそんなに魅力があるのか、全く理解ができないVICEはまず、駕籠の言い分をじっくり聞くことにした……。
——アムステルダムでの展示に続いて銀座/江古田/高円寺での巡回展と、展示続きの2008年でしたね。巡回展での展示はどんなモノだったんですか?
駕籠真太郎:巡回展のテーマは『抜け首』だった。コレはタイ/カンボジア/インドネシアの東南アジア一帯に伝わる妖怪のコトで、映画の題材としても使われてる。有名なのがインドネシアの映画『首だけ女の恐怖』っていうので、コレは抜け首系映画の中で唯一ソフト化された作品。いわゆる西洋のホラーとは異なったテ イストが好まれてか、カルト映画マニアのあいだでは有名なのよ。
この映画は僕も昔から知ってて、実際に観たコトもあったんだけど、その時は抜け首の映画な んてコレぐらいしかないと思ってた。でも実際には沢山の抜け首映画がタイで作られてるってコトを割と最近になって知ってね。「へー、こういうジャンルがあったんだ」と思って、さらに調べてみると、通販でも買えるのが判明したから集め出したんだよ。もちろん海外からの通販だけどね。
——抜け首って、ビジュアル的にはホラーというより、むしろギャグってカンジ……
たしかに現地以外の人にとってみれば、 “ちょっと特殊なモノ” っていう感覚はあるよね。でも現地の人たちからしてみれば真剣な恐怖の対象で、とにかくあっちじゃオオカミ男とか吸血鬼と同じくらいスタンダードな伝統オバケなの。でも映画にすると技術的な問題もあってか、ちょっと稚拙なカンジになっちゃう。そこがまたおもしろいんだけど、だからと言って、意識的に稚拙なカンジに作られたら面白くないんだよ。
それよりも、彼らがシリアスに頑張って作ったモノを第三者的立場から冷静に見るスタンスの方がイイ。例えば、日本でキョンシー映画を見るのと同じ感覚かな。抜け首に関しては3年くらい前にマンガのネタで使ったのが始まりで、それは単行本『夢のおもちゃ工場』っていうのに載ってる。 “抜け首をここまで重点的にやってるヤツも他にいないだろう” と思ったから始めたんだ。
——ここ最近、駕籠さんがやった抜け首モノを挙げるとどんな感じ?
今回の巡回展/同人誌/雑誌〈ベビーフェイス〉での連載/ガチャポンってカンジかな。大体その辺を全部やってみたよね。だから、このシリーズを世界中の抜け首マニアにアピールしたら売れるんじゃないかって思うんだけど。
日本でもマニアックな人は抜け首のコトを知ってるんだけど、もちろん知らない人の方が多いハズだから、このシリーズを見てもなんだか分からないって思うケースが多いかもしれないね。だからまずは映画を観て欲しいよ、相当インパクトあると思うから。新宿の〈TSUTAYA〉辺りだったら置いてるんじゃないかな。
——去年はタイに行ってきたらしいけど、ぶっちゃけコレ系DVDの調達が目的だったんでしょう?
まあそればっかりってワケじゃないけど、“現地で見つかればイイな” 程度には思ってた。でも実際にはぜんぜん見つからなくてね。嫁と一緒に行ったから、 あんまりヘンなトコにばっかり行くワケにもいかないし。あるトコにはあるんだろうけど、タイはモノの回転が速いから、在庫もどんどん変わっちゃうみたい。だから古い映画になると手に入らないみたいだね。
——抜け首の魅力を一言でいうと?
抜け首って、たいていが女性なんだよね。女性の首が抜けて、さらにその下に内臓がブラ下がっている状態が、グロテスクでこそあれど、特殊なエロティシズムを醸し出している。そういうトコを、好き者が好んでくれるかもしれない。
抜け首って、基本は普通の生きた人間なの。普通の女性がなんらかの呪いにかかって、自分の意志とは無関係に夜な夜な首とその下の内臓がスポッと抜けちゃう。まるでオオカミ男のようなモノで。それから「こんなワタシの恥ずかしい姿を見られちゃった」的な一種の恥じらいも相まってイイカンジになるんだよね。
——抜け首って、よく見ると内臓出まくりで弱点だらけじゃん!
ね、内臓晒しちゃってるからね。
——今回はなんだかいつもと雰囲気がちがって、ギャグっぽさがなくて。シリアスに感じたけれど?
僕がふだん描く絵はいわゆる “純粋なエロ” ではなくて、 “下ネタ” だと自分では思ってる。僕はエロにも大雑把に3パターンあると考えていて、それが『エロ』『エロス』『下ネタ』なんだ。
『エロ』は純粋に実用性のあるモノ、『エロス』は確かにエロ的な部分もあるけど少しアーティスティックなモノ、 そして『下ネタ』は子どもが「うんこうんこちんこちんこ」と言ってるようなレベルのモノ。僕の場合は下ネタなんだよね。そういう傾向も、おそらくは性格的な問題なんだと思う。“マジメにやるのがキライ” みたいなトコあるからね。
——それじゃ、今回の抜け首は “エロス” ってコト?
そう、エロスだね。アレを下ネタとはちょっと言いずらいかな。アレは日本よりもむしろ海外ウケすると思う。抜け首自体、どちらかと言うと日本ではほとんど知られてなくて、むしろ欧米の方がマニアもいると思うんだ。
——最近はアニメも製作してて、いろんなトコで上映してますね。アニメを作り始めたきっかけは?
いちいち実写で撮影しなくて済むからかな。アニメはアニメでもちろん手間ヒマはかかるけど、机の上だけで済むでしょ? 実写の場合はそういうワケにいかないからね。実写でアニメの内容をやってたら、大変なコトになっちゃうしさ。
——そう言えば最近、 〈SAME HAT! SAME HAT!〉 でよく取り上げられてますね。海外からの注目も高まってきたんじゃないですか?
そうそう、あそこは僕のコトをとてもフィーチャーしてくれてるみたいなんだよ。この前の江古田での展示でもその関係の人が来たからね。「ブログに載せてもイイか?」って言われたからドコに載るのかと思ってたら、〈SAME HAT! SAME HAT!〉 だった。
あとこないだインドのテレビから取材を受けたんだけど、僕が自主映画を作ってるコトを言ったら、その取材にやってきたスタッフ2人を出演者にして、僕が映画撮影してる風景をさらに後ろから撮影したいって言われて。コミケにも取材で同行してきたり。しかもその番組は〈NHK〉と共同製作らしいんだけど、 〈NHK〉で僕のコトなんか流せるのかナゾだよね……
ゴメン、ちょっと電話してもイイ? なんかガチャポンの色塗りが出来たみたい。あれ全部手作りで製作から色塗りまで全部やんないといけないから、さすがに一人でやってるとちょっとしんどいから、知り合いに頼んでるんだ。■
彼の作品の多くは彼のオフィシャルから購入するコトが可能。
http://www1.odn.ne.jp/~adc52520/
〜 駕籠真太郎による抜け首ヒトクチ講座 〜
Nuke_01
『Krasue Gad Pop』(1990年)
抜け首のほかに別の女妖怪も登場。森の中で猫パンチのようなゆるい殴り合いの妖怪頂上決戦が始まる。
nuke_02
『Krasue Grahailuead』(1995年)
男に強姦されそうになったところを助けてくれた老婆。しかし老婆は抜け首妖怪だった!
nuke_03
『Krasue Valentine』(2006年)
比較的最近の抜け首映画。首が飛行する場面はCG合成が使われており、技術の進歩がうかがえる。お花畑を舞う、内臓ぶら下げた生首! ブラボー!

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