現代の女性たちにかぐや姫の自由奔放さを見るインベカヲリ★

Interview and text by Tomo Kosuga
[初出掲載:VICE.com日本版 2013年12月]

写真界の超新星、インベカヲリ★が今年11月、初の写真集『やっぱ月帰るわ、私。』を赤々舎より刊行した。本書に収録された全92枚の写真は、インベが2001年から撮り溜めてきた膨大な写真群から選び抜いた女子ポートレートだ。

インベカヲリ★初の写真集『やっぱ月帰るわ、私。』(赤々舎 刊)

「ポートレートは鏡。それはあなた自身である」——。ドイツ写真の第一人者、アウグスト・ザンダーがそう語ったかどうかはともかくとして、1822年の或る日、フランスの地でニセフォール・ニエプスがボトルやグラスの並んだ食卓を半日かけて撮った1枚から始まった写真技術が、古くは紀元前1世紀のミイラ肖像画まで遡れる肖像画の長い歴史を緩さぶったのは歴然たる事実。
それまでの時代ではおよそ本人の人相とは似ても似つかない美形男女の肖像画が自画像として認められたのだから、晩年の皺くちゃ顔をしたエリザベス1世や突き出た顎のマリー・アントワネットは写真技術が誕生する前に生まれてさぞかし安堵のため息をついていることだろう。

VICE Photo Issue 2013 | 大橋仁 × 小池昌代


今年11月に限定配布したVICEマガジン『フォトイシュー』日本版から、寄稿作家の大橋仁氏、小池昌代氏が撮り下ろし作品について語る。大橋氏が今年放った衝撃の写真集『そこにすわろうとおもう』の真相とは? 小池氏による鋭利な分析は必見!
2013年のVICEマガジン『フォトイシュー』、特集内容は『アーティスト・コラボレーション』。世界から集まった全30名のアーティストが織り成すスペシャルなコンテンツが凝縮された本号。発刊から数日で街から消え去った貴重な本誌は、如何にして生まれたのかー。
本号コントリビューターのうち、ここ日本から参加のアーティストに制作過程を語ってもらった。

2013年11月19日、VICE JAPANからフリーマガジン「VICE」フォトイシュー日本版を発刊。

photoissue2013

「VICEマガジン」日本版、11月いよいよ限定発刊します!

紙をこよなく愛する皆さん、フリーマガジン「VICE」をかつて愛読してくれた皆さん、「VICE」をYouTubeチャンネルで知った皆さん、あらゆる日本国民の皆さん。長らくお待たせしました。「VICEマガジン」日本版、いよいよ11月19日(火)に限定発刊します。
フリーマガジンのスタイルはそのままに。特集内容に「フォトイシュー」(写真特集号)を掲げ、「フリーマガジンでB4変形」という感動もそのままに。ひとたびページをめくれば、眼前に広がるのはかつてないビジュアルの大海——。デジタルメディアとして日本で復活したVICEが繰り出す、今年最後のサプライズです。

YouTubeから始まったVICE JAPANの再起動。

「最近YouTubeで見かけるVICEって、一体なんなの?」「なんかよく分からないけど、変わった映像を流してるよね」。そんな声をここ日本でも少しずつ聞くようになりました。世界35ヵ所に構える支部のひとつとして、VICEが日本に舞い戻ってきたのが2012年12月。以来、VICE JAPANはデジタルメディアとして、YouTubeを主なプラットフォームに映像配信を行なってきました。原発20キロ圏内の富岡町でただ独り生きる男性、松村直登さん韓国の人糞酒・トンスル北京で当局の監視の下に置かれながらもクリエイティブなヌード・フォトを撮る若き写真家レン・ハンなどなど。VICEってなに?という人も、  というクセのあるロゴはどこかで見たことがあるかも。

VICEの原点はフリーマガジンにある。

日本ではすっかりデジタルのイメージが浸透しつつあるVICEですが、元を辿れば紙としてのフリーマガジン「VICE」誌の配布に行き着きます。1994年にカナダはモントリオールで3人の若者によって創り出された「VOICE OF MONTREAL」誌(ヴォイス・オブ・モントリオール)を起源とし、1996年には誌名を「VICE」(バイス)に変更。1999年には拠点をニューヨークに移転しました。
「悪徳」「不道徳」といった意味合いを持つ「VICE」という看板が表すように、とことん毒舌でありとあらゆるものをこき下ろす一方で、ニューヨークのストリートシーン最前線を歩むアーティストたちに愛され、彼らと共に挑発的な誌面を築き上げてきました。テリー・リチャードソンライアン・マッギンレーピーター・サザーランドダッシュ・スノウジェリー・スーティム・バーバー、ネック・フェイス……。長くなるので個々の説明は省きますが、分かる人には分かるラインナップだと信じます。今やアートシーンではすっかりお馴染みとなった彼らですが、彼らが最も激しく燃えさかっていた黎明期に「VICE」は発表の場を与えてきました。
そんな「VICE」も、本国アメリカでは今年で発刊20年。あれよこれよと世界中に支部が設けられ、今や世界25ヵ国で「VICE」誌は展開しています。フリーマガジンとしての無料配布を確固たるスタイルにしながら、世界各地のご当地ネタが混合玉石のごとくミックスされ、毎月1冊の雑誌として配布されています。

そして気になる、今回の日本版。

この「VICEマガジン」日本版が今年11月、満を持して限定発刊されます。特集内容は「フォトイシュー」。マガジン通常版より二回りは大きな判型のB4変形というスペシャルなスタイルでお届けする本号では、「コラボレーションズ」と題し、グローバルで活躍する写真家とアーティストにコラボ作品を寄稿してもらいました。日本版では世界各国からの寄稿作品を採用しつつも、ここ日本と中国からも9組18名ものアーティストの皆様に賛同いただき、この号のための特別コラボ作品を制作依頼。
豪華ラインナップでお届けします。
・2011年度の木村伊兵衛写真賞を受賞した写真家・田附 勝さんは、動物や神々を主にエンピツ1本で魂込めて描くアーティスト・KYOTAROさんと、「目に見える世界と目には見えない世界」を衝突させています。
・今年1月、衝撃の写真集『そこにすわろうとおもう』を刊行した写真家・大橋 仁さんは、詩人であり小説家でもある小池昌代さんと組み、「ビジュアルと文字による地球規模の性交」を実現。
・ファッションからセレブ・ポートレートまで幅広く手がけるメタルフォトグラファー、新田桂一さんとは、寄稿漫画家として世界で活躍する駕籠真太郎さんと「セルフ・ポートレート」をテーマにコラボしてもらいました。
・スモーキー・マウンテンやチカーノ、インドのサーカス団など、世界各地を巡っては現地の人々をユニークな切り口で映し出す写真家・名越啓介さんは、かつて『BURST』誌の編集長を務めた作家の曽根 賢(PISSKEN)さんと「カバと男女と賽と匙」にまつわるコラボを。

参加作家、まだまだ続きます。

・ニューヨークでの写真集刊行や個展を立て続けに叶えた写真家の題府基之さんには、現代美術作家の加賀美 健さんとコラボ。「母親」をテーマに、挑発的な撮り下ろしポートレートを手がけてもらいました。
・素人女性をモデルに起用しては意味深なポートレートを撮り下ろす写真家・インベカヲリ☆さんは、「WEBスナイパー」誌で愉快なレビュー活動を展開している作家、ターHEL穴トミヤさんとコラボ。「写真で女子妄想」という変化球で皆さんに微笑みを与えてくれるでしょう。
・つい先日行なわれたパルコの「シブカル祭」参加や東京のスケートシーンでカルト的な人気を誇る写真家・松藤美里ちゃんは、女子力全開のセルフ・ポートレートで世の女性たちを魅了するFumiko Imanoさんと「女子2人の密会」をテーマに、フレッシュな官能美カオスを提案します。
・男性ポートレートを優しく寂しげなトーンで描く写真家・中島大輔さんは、シンプルだけどどこか懐かしいイラストを手がける鬼才・小田島 等さんとタッグを組み、「男子の明るい幻覚世界」を共同制作してもらいました。
・ラストを飾るコラボは、VICE JAPANのYouTubeチャンネルでも取り上げた中国からの作家2人です。中国ではタブーとされるヌードを表現のひとつとしながら北京の若者を撮り続ける写真家のレン・ハン(任航)と、主に人体をモチーフに一見、不謹慎にも見えるテーマを臆することなく表現するアーティストのルー・ヤン(陸揚)が「シンギュラリティを迎えるであろう近未来の人体」を互いのアートワークから構築。勢いのある中華芸術の突き抜けた〝今〟を見せつけてくれます。
・このほか、海外から、キム・ゴードン × リチャード・カーンロジャー・バレン × アスガー・カールセンシンクロドッグスベン・ピアー × ピーター・サザーランドトイレットペーパーマガジンアルビダ・バイストロム × ペトラ・コリンズからの寄稿作品が続きます!

そして……VICE写真展も同時開催! 記録映像も会場で上映。

こうした一堂に会した大量のコラボ作品で、写真展もしちゃいますよ。会場を提供してくれるのは、渋谷に位置するDIESEL ART GALLERY。マガジン発刊タイミングに合わせ、なんと11月22日から、年をまたいで2月14日までの約3ヵ月間というロングエキシビションです! コラボ作品の現物はもちろんのこと、コラボ作品を手がけたアーティスト2人の出会いや制作のきっかけ、そしてどんな経緯で作品が創り上げられたのかを紐解く映像も会場で公開します。
マガジン、写真展、そして映像の全てを見てもらってようやく「なるほど!」と思ってもらえることでしょう。それだけの濃厚さは保証します。あっ、もちろん写真展もフリーなんで、最初から最後までフリーを堪能してください。
 

B4サイズ、96p。しつこいけど、これでフリー。

「VICEマガジン フォトイシュー」11/19発刊!
「VICEマガジン フォトイシュー」発刊日は11月19日(火)。配布先を公開すると入手できない人が続出しちゃうんで、VICEからは非公開とさせてもらいます。とにかく街中をくまなく探してみてください。それでもなければ、ソーシャル上で配布告知している店舗を探してみてください。
1人でも多くの皆さんに「VICEマガジン フォトイシュー」日本版が行き渡ることを願いながら……。11月19(火)誌面で会いましょう!
 
『GLOBAL PHOTO COLLABORATIONS by VICE JAPAN』

2013年11月22日(金) – 2014年2月14日(金)
DIESEL ART GALLERY (東京都渋谷区渋谷1-23-16 cocoti B1F)
Arvida Byström / Roger Ballen / Asger Carlsen / Petra Collins / Kim Gordon / Richard Kern / Sandy Kim / Maggie Lee / Ben Pier / Peter Sutherland / Synchrodogs / Fumiko Imano / 大橋 仁 / 小田島 等 / 加賀美 健 / 駕籠 真太郎 / KYOTARO / 小池 昌代 / 曽根 賢 / 題府 基之 / 田附 勝 / 中島 大輔 / 名越 啓介 / 新田 桂一 / 松藤 美里 / ルー ヤン / レン ハン
TWITTER、INSTAGRAM、G+: @vicejapan |FACEBOOK: VICE | 写真展公式タグ: #VICE写真展
http://www.diesel.co.jp/art/
 

世界1,800万人が魅了されるメディア「VICE」とは?

1994年、カナダはモントリオールで創刊されたフリーマガジン『VICE』。「VICE」(不道徳)と 名づけられた本誌は、ユース層から絶大な支持を手に入れ、異例のピック率100%を記録。現在ではメディアカンパニーとして、世界35ヵ国にオフィスを持つまでに成長を遂げています。グローバルメディアとして世界25ヵ国でマガジンを配布するほか、そのフリー精神をデジタル分野でもダイレクトに発揮しています。月に1,800万人が訪れるVICE.comをはじめ、 YouTubeチャンネルにおいては300万の登録者数を獲得。VICEが制作するコンテンツには定評があり、現在までに100本以上の作品がウェビー賞(WEBサイトやオンラインコンテンツの国際賞) にノミネートされました。

ここ日本では、12年12月にYouTube公式チャンネルを設立(youtube.com/VICEjpch)。わずか 10ヵ月で1,200万回を越える再生回数と9万人以上のチャンネル登録者を獲得。中でも、東日本大 震災後に福島の警戒区域でただ独り住み続ける男性の生活を追ったドキュメンタリー『原発20キロ圏内に生きる男』は、英語、スペイン語、中国語など計6ヵ国語に翻訳され、58万回もの再生数を記録。VICEは、今後も独自の目線から話題性のあるユニークなコンテンツを提供していきます。

『VICE GLOBAL PHOTO COLLABORATIONS』Diesel Art Gallery, 2013年

世界35都市で展開するグローバルメディア「VICE」によるエキシビションを、トモ・コスガがキュレーション及びプロデュース致しました(2013年11月22日より2014年2月14日まで開催)。
01_ 04_
展覧会のテーマは「アーティスト・コラボレーション」。世界からはキム・ゴードンやロジャー・バレン、サンディ・キム、そして日本からも田附 勝や大橋 仁、KYOTARO、新田桂一、題府基之らが参加。世界でいま最も旬なフォトグラファーと各界アーティストが前代未聞のコラボ・クリエイションを展開しました。また会場では日本人アーティストたちの記録映像も同時上映。本展を通じて、いまだかつてない写真のカタチを提案しました。
本展についてはDiesel Art Galleryの公式ウェブサイトにて詳細をご覧いただけます。
http://www.diesel.co.jp/art/global-photo-collaborations/

デコトラの田附勝、東北の限界集落に自らを「しまう」

Interview and text by Tomo Kosuga
初出掲載:VICE.com日本版 2013年9月


つい先月にも前代未聞の暗黒写真展を開催した写真家、田附勝がまたもやぶっ飛んだことをしたようだ。なんと、秋田県の中央に位置する上小阿仁村(かみこあにむら)の、さらに山奥にある八木沢集落を舞台に、写真展『みえないところに私をしまう』を開催中とのこと。
この写真展、東京から足を運ぶだけで軽く半日はかかる。誰がそんなところまで?という疑問は誰もがまず頭に浮かべることだが、そもそも八木沢集落は「マタギ集落」としても知られる土地なのだ。マタギとは、東北地方や北海道で古い方法を用いて狩猟を行なう人々である。これまで写真集『東北』や『その血はまだ赤いのか』、そしてタブロイド紙『5』にわたって、マタギと向き合って田附なだけあって、この村の訪問には運命的なものを感じ取ったようだ。
今回、秋田から東京に戻ってきたばかりの田附から届いた展示の光景とともに、田附から聞いた本展にまつわる「物語」を紹介したい。

「これは『KAMIKOANIプロジェクト秋田』の一環で……」田附が話を聞かせてくれた。「今年で2年目のプロジェクト。俺は今回、初めて参加した。もちろん村おこしの意味も含まれるんだけど、八木沢集落は今や限界集落。もう20人弱のお年寄りしか住んでないし、若い人が戻ってきて定住しない限り、村として変われる部分はそれほどない。だから俺は、この村が幸であれ不幸であれ、この現状をそのまま見せたいと思った」


田附は8月5日に現地入りした。「最初は上小阿仁村の旅館を提案されたんだけど、そこから八木沢までは車で30分近くかかる。それじゃ遠すぎるし、俺の今までのやり方って『デコトラ』でも『東北』でも〝見てみたい環境にとにかく自分の身を置く〟ってことだったじゃん? だから八木沢に泊まりたかった。それで村の公民館に泊まらせてもらって。毎朝おばあちゃんたちに挨拶して、時には一緒にご飯食べたりもしてたよ」
これまで『デコトラ』や『東北』といったように端的なタイトルが多く見られた田附だが、今回のタイトルは『みえないところに私をしまう』と、なにやら意味深だ。そのワケを訊くと、ひとつのストーリーを語ってくれた。
「展示の様子を見てもらえば分かると思うけど、村に寝泊まりした1週間で色んな人を写した。当たり前だけど、年寄りが多いんだよ。そんな彼らにとって、写真を撮られるのは稀なこと。それこそ昔だったら、写真屋さんに来てもらって撮ってもらうほど貴重なことだった」
「写真を撮らせてくれた人たちにはポラをあげたんだけど、受け取ったおばあちゃんの1人が箱を持ってきてさ。なにが入ってるのかと思ったら、出てきたのは写真アルバム。そうやって写真を大事に保管してるんだよね。それを見て、普段は日の目を見ない人生が〝しまわれてる〟んだなって。それで俺も今回、自分が八木沢を訪れて見たこと感じたことを〝しまおう〟と思ってさ。それでこういうタイトルなワケ」


展示場となったトタン小屋に入ると、中央に座した巨大な老人の顔クローズアップに思わず仰天するが、実は細部にわたって作り込まれていることが分かる。自然豊かな環境だけあって、木々や草花が目立つものの、中でも木々は写真のフレームを超えて繋がり合っていて、なにか超越した生命力が感じられる。これにはなにか意図があるのだろうか?
「八木沢集落にはほとんど人が残ってないんだけど、その反面、木がすごくてね。杉の木。人の住居に近すぎるってくらい、杉が家の周りに生い茂ってるんだよ。だから村の人に訊いてみたら、この辺りでは昔から木を植える習慣があったみたいでさ」

「秋田と言えば秋田杉が有名じゃん? 昔でこそ、木が大きく育てば、伐採して生計の一部にしていたんだろうね。でも今じゃ、それもほったらかし。人が減って、木が増えた。それが、この村の今なんだよね。その木を見てると、それ自体が人間のようにも見えてくるんだよね。木が人間化してるっていうかさ」
「写真を見てもらえば分かると思うんだけど、そういった木に、さらに今度はツルが巻きついてる。人間が持ち込んだ杉の木に、もともと住んでいた自然が対決しているようにも見えてさ。いろいろ思ったよね」

展示会場……というか展示場となった小屋は中が三畳ほどで、1人でも入ればいっぱいになる空間。その小屋を成しているのはトタン板だ。ずいぶん古びてガタガタの状態だが、田附にとってはかえってそれが良かったようだ。「この小屋はトタンで出来てるんだけど、トタンも人間と同じように朽ちていくんだよね。それって、この村にも通じるところがあるんじゃないかなって」

「この展示はこれから1ヵ月近くあるんだけど、誰かが見張ってるワケじゃないし、小屋も隙間だらけ。雨が降れば中の写真も濡れちゃうと思うんだよ。でも、もしかしたらこの場合はそれでいいんじゃないか?と思ったんだ。村も人も、トタンも写真も、みな朽ちていくものなんだってさ。それも含めて写真っていうかさ。そういう展示になればいいのかなって、今回は思ったんだよね」
デコトラ、東北、マタギ、縄文土器と、一貫して日本を写真に投影してきた田附勝。そんな彼が限界集落の村をキャンバスにした結果、生命の栄枯盛衰や悠久の自然、自然と人間、万能に見えて限りある人間の力、そんな状況においてもなお生き伸びようとする人々の生き様が『みえないところに私をしまう』という写真群に刻まれた。
なにかが「朽ちていく」感じにはもちろん経年劣化も含まれるが、時を経なければ出ない「味」というものもある。「侘び寂び」とはよく言ったものだが、日本ならではの美意識に則るなら、田附が本展で見せてくれるのは1つの村の歴史の断片であり、そこには光と闇の両面がある。そのどちらかに寄ることなく両面を露呈させたのが本展なのかもしれない。

思えば「デコトラ」にしても、時代と共にブームは去り、トラッカーたちは苦しい現実と向き合うことになるが、それでも「男」として惚れ込んだ愛車を維持するためにあらゆるものを犠牲にしながら、決して苦労は口にせず、愛車との人生を歩む。一見、新品に見えるデコトラも、パーツレベルでは廃車になったデコトラからの寄せ集めだったりもする。
『東北』にしても、期せずして田附は東北大震災の前後を写真で記録することになった。田附自身、自分が追いかけてきた東北の意味合いがまるで変わってしまったことに震災直後こそは戸惑いを感じていたが、その年にマタギの鹿猟再開を追った『その血はまだ赤いのか』、そして今回の秋田県の限界集落と、継続して現地を追いかけるなかから、なにかその写真に一環して通じるものがカタチになり始めている。

最後に忘れてはいけないのが、これは日本人にこそ見いだせる「日本らしさ」であり、そして目の前の現実を写し出す写真という媒体だからこそ、成し得る業だということ。
「日本」を追い求める写真家、田附 勝。その全貌を解き明かすにはまだまだ時間はかかるだろうが、この男なら一生かけて、その生き様を写真に刻み、そして我々に見せてくれるに違いない。
 
KAMIKOANIプロジェクト秋田2013】
「KAMIKOANIプロジェクト秋田」は、上小阿仁村の最奥地にある8世帯19人の小さな集落「八木沢集落」を主たる舞台として、そこに古くから伝わる伝統芸能、マタギなどの狩猟文化、祭事、食文化、生活文化など、地域固有の資源を最大限に活用しながら、現代芸術の新しい表現と結び、美しい山々が織り成す里山全体を文化芸術空間として創造していくプロジェクト。
http://kamikoani.com/

東北 (田附勝写真集)
東北 (田附勝写真集) 田附 勝 赤坂 憲雄リトル・モア 2011-07-22
売り上げランキング : 276104Amazonで詳しく見る
DECOTORA
DECOTORA 田附 勝リトル・モア 2007-08-06
売り上げランキング : 356224Amazonで詳しく見る
KURAGARI
KURAGARI 田附 勝SUPER BOOKS 2013-03-20
売り上げランキング : 694336Amazonで詳しく見る

田附勝公式サイト
http://tatsukimasaru.com/

【VIDEO】The Art of Taboo: 任航(レン・ハン)

中国は北京在住の27歳、写真家・任航(Ren Hang)。彼が繰り広げるヌードフォトには、常に中国当局の監視がつきまとう。写真展の検閲、撮影中の逮捕劇、ウェブサイトの強制閉鎖……。それでも彼がヌード写真を続けるのは、ひとえに彼の下を訪れるモデル志望の若者たちが絶えないことも挙げられるかもしれない。
抑圧の中においても自己表現を求めて止まない中国の若者たちの姿、心境、そしてその証言を映像に収めるため、VICEは今回、中国は北京市にある任航の自宅を訪れた。そこに待ち受けていたのは、決して狭くはない室内を埋め尽くすフレッシュな北京女子たちの生き生きとした姿。かくして、任航による現実を超越した撮影が幕を開けた。
もちろん任航が語ってくれた話も今後、貴重な証言となるだろう。中国国内におけるヌード表現はいかなる状況にあるのか? それでも任航が続ける理由とは――? 透き通った眼差しの奥底に潜む、若き中国人の生き様に迫る。

The Art of Taboo: 任航(レン・ハン)

Text by Tomo Kosuga
[初出掲載:VICE.com日本版 2013年9月]

話は唐突だが、たとえばキミが中国を旅するとしよう。そしてうっかりしたことに、手元のiPhoneに〝日々のエクササイズのための参考動画〟を仕込み忘れてしまう……。これは相当、深刻な事態だ。ましてやそれが1ヵ月以上の長旅なら、もう最低だ。
Copyright © Ren Hang
なんたって中国でポルノは、この世に存在しちゃいけないモノ。手に入れようと思ったら、それこそイバラの道が待っている。本屋やコンビニを漁ってみても、肌色を含んだ本なんてファッション雑誌が関の山だ。レンタルビデオ屋を探してみたところで、そもそもコピー文化がお盛んなこの国で〝映画を借りる〟なんて概念はまるで浸透していない。
最後の頼みの綱は、恐らくネットだろう。しかし中国のネット検閲は現実以上に厳しい。政府が設けた60以上の条例に従って24時間体制でフィルタリングされており、日本のサイトはおろか、海外の〝大人向け〟サイトなんてアクセスした瞬間にエラーメッセージが表示される始末。自慢の「〈Xvideos.com〉クラウドブックマーク」も、この時ばかりはタイタニック号よろしくネットの大海の奥底に眠ってしまって手が届かない。
要するに、中国でポルノはタブーだ。それはもう、国を挙げて取り締まっているレベル。もちろん本屋で成人雑誌は売っていないし、AVを販売・レンタルするような業者もいない。
ここまでの経緯をよーく理解してもらった上で、是非とも紹介したい中国の写真家がいる。任航(レン・ハン)と名乗る彼は、ヌードを題材にした写真作品を製作する27歳の北京人だ。

詩人としても活躍するレン・ハン。周りの友達やネットで集めた若い子たちをモデルにしたヌード写真を撮っている。その作風はというと、例えばトマトケチャップをかけた〝ソーセージ〟をパンに挟んだり、その〝ソーセージ〟にフォークを突き立てたりといった、まるでテリー・リチャードソンを彷彿させる過激な局部ネタもあれば、まるで白昼夢でも観ているかのような素晴らしいロケーションにあり得ないシチュエーションでハダカが立ち並んだ幻想的なモノもあったりと様々。

Copyright © Ren Hang
Copyright © Ren Hang
Copyright © Ren Hang
Copyright © Ren Hang
Copyright © Ren Hang
〝レン・ハン イリュージョン〟とも呼べる無限のアイデアには誰もが驚嘆するものかと思いきや、中国内では過激な側面ばかりが人々の関心を集める様子で、中国当局から幾度も検閲を受けてきた。個展の大半は公開前に検閲に引っかかり、撮影現場では逮捕劇が繰り返され、彼のウェブサイトはたびたび強制閉鎖されてきたといったように。
ここで1つの疑問が生じる。確かに中国でポルノはタブーだ。しかしレン・ハンの写真は明らかにポルノじゃない。ではなぜ、彼のヌードはそこまで中国当局を刺激するのだろうか。
Copyright © Ren Hang
「人体艺术」という言葉がある。日本語に訳すと「人体芸術」。いわゆる人の裸体を〝アーティスティック〟に写したヌード写真のことだ。本屋はもちろん、ネット検索においても「人体艺术」は中国で重要なキーワード。つまり鼻の下を伸ばした男たちが、さも高尚な眼差しで人体芸術(という名の裸体)を眺めては「素晴らしい芸術だ!」と興奮しながら写真集を買っていくワケ。
そういったタテマエがちゃんとあれば、或る程度は目をつむってもらえる。というのも、世界一の人口数を誇る中国であらゆる犯罪者を捕まえようとしたところでとうてい叶うハズがないからだ。他にも例えば、あたかも富裕層向けに作られているかのような男性ファッション誌が実はゲイをターゲットにしていたりも。
とにかくこの国ではタテマエが欠かせない。それなしで真っ向から立ち向かおうものなら、時に国家を敵に回すことだってある。

アイ・ウェイウェイ氏による写真作品「1匹のトラ、8つの乳房(One Tiger, Eight Breasts)」2010年

今から遡ること2年前。中国の現代アーティスト、アイ・ウェイウェイ氏がわいせつ罪の疑いで当局に取り調べを受けた。コトの発端は、アイ氏とそのファン女性4人が裸体で写り込んだ写真作品だ(上の写真を参照)。
仲睦まじく笑顔で写り込んだ彼らに性的関連性はまるで感じられず、まず思い浮かぶのは「解放」とか「平和」といったキーワードだが、当局はこれを「ポルノ」と指摘。これにはアート愛好家たちも黙っていられず、まもなくウェブサイト〈艾未粉果 Ai Wei Fans’ Nudity —— Listen, Chinese Government: Nudity is NOT Pornography〉(中国政府よ、聞いて欲しい。ヌードはポルノじゃない)という抗議活動まで発生。その扱いの如何について、海を越えて世界で多くの議論を呼んだ。
アイ・ウェイウェイ氏やレン・ハンによる写真作品と「人体艺术」を比較してみよう。果たしてどちらが異性を刺激する性的表現だろうか、どちらが真の意味で「芸術」だろうか。一個人の目線から見たらごくごく簡単なこの線引きが、どうやら国レベルでは真逆らしい。
あるいは当局にとって「卑猥」かどうかはさほど重要でなく、得体の知れないモノは「脅威」であり「挑発的」に見えるのだろうか。
Copyright © Ren Hang
実際、レン・ハンの写真は狂おしいほどに独立的かつ独創的、フレッシュで輝かしい。日々の生活を堅苦しく縛り付ける社会のルールがどうでも良く感じられるほどに美しい。レン・ハンの指揮によって繰り広げられる筋肉の即興パフォーマンスは、時に個と個の境を曖昧にすらしてしまう。
その末恐ろしい想像力は「脅威」かもしれない、「挑発的」かもしれない。しかし、決して反社会的なモノではない。むしろ中国の人々、ひいては世界の人々に「生きる歓び」を与えるような、希望に溢れる「可能性の花」だろう。
Copyright © Ren Hang
得てしてタブーに挑むモノは、自ずと問題提起を孕んでいるものだ。そして、非力なものだ。といいつつも、潰すのが簡単そうに見えて、一度生まれた波はそうたやすく止まってくれない。レン・ハンの場合、シンクロの波は無限の可能性を秘めた中国の若者たちへと着実に伝染している。それは、彼の下にモデル志望者からの連絡が途絶えないことからも把握できる。任航と書いて「舟任せ」といった名のレン・ハンだが、その舟はもしかすると中国の若者を乗せるほど巨大な〝箱舟〟なのかもしれない。
中国のタブーを追いかけて私が出会ったのは、解放とは程遠い国で毒々しいほどに真実を解き放とうとする美しい若者たちの健気で真っ直ぐな姿だった。

東北の森で野ジカを追い、その暗がりに太古日本のクオリアを見出す

Text by Tomo Kosuga
[初出掲載:VICE.com日本版 2013年7月]

田附 勝が放つ最新作は
〝暗がりの森に潜むシカたち〟

暗がりの森のなかに当てられた、一筋のライト。浮かび上がるのは、1匹の野ジカ。全身を照らされたそれはまるで驚くそぶりも見せず、光の差すほうに耳をピンと立てる。大きくつぶらな瞳は、しばしばライトの光によって怪しく閃光する—。
fbe3dbcf44f20db18d98acda3732177d
処女作『DECOTORA』から一貫して東北、ひいては日本をフィルムに刻み続ける写真家、田附 勝。その最新作『KURAGARI』は森の暗がりに浮かび上がる野ジカの姿を映し出した写真集だ。2009年から2012年にかけ、岩手県釜石市唐丹町の夜の森を舞台に撮影された。

自殺大国・韓国 最新トレンド『偽葬式』を追う

Text by Tomo Kosuga
「自殺大国」と聞いて、まず頭に浮かぶのは我が国・日本。しかし実際にはその座も、2002年には韓国に譲っていることをご存知だろうか。

 経済協力開発機構(OECD)加盟国で8年連続の自殺率トップを保持する韓国。2011年の自殺者は15,906人。日本の年間自殺者数が30,000人と言われるため、そのおよそ半分だ。しかし人口10万あたりの自殺者数で見た場合、日本が33.5人に対し、韓国は49.6人。後者の方が約1.5倍高い。韓国では1日換算で43人、約30分に1人が自殺していることに。

 自殺が社会問題になるなか、韓国人はどのようにして精神を維持しているのだろうか。今回、韓国でトレンドの兆しにあるひとつのサービスに着目。それが〝偽葬式〟だ。

 自殺問題に抗うかのようなこの韓国トレンドを追ってVICEが乗り込んだのは、大韓民国ソウル特別市南東部にあるカンナム区。高層アパートが建ち並び、韓国において最も裕福とされるエリアのここは〝韓国のビバリーヒルズ〟と呼ばれる。肥満気味の男がサングラスをかけて馬乗りのダンスを踊り狂うミュージックビデオ「カンナムスタイル」はまだまだ記憶に新しいが、カンナム区が象徴するのはまさしく韓国の裕福な側面。

 そんなカンナム区を舞台に、偽葬式は行なわれる。取り仕切るのは、ハッピー・ダイイング・カンパニー。偽葬式というアイデアにしても、この社名にしても、星新一か筒井康隆あたりが小説化していてもおかしくない響きなだけにいかがわしくも聞こえる。しかし実際に存在し、サービスを提供する組織だ。この怪しい組織を通して体験できることが、いわゆる葬式の疑似体験。とは言え、これは見送る側としてでなく、棺桶に入る死者として——。

以下、その手順を記そう。

1、レクチャールームで講義を聞く。エモーショナルな映像を鑑賞したり、いわゆる人生の格言のスピーチを受ける。そして最後に「今日であなたの人生は幕を閉じます。あなたは新しい人間として生まれ変わるのです」と宣告される。

2、死装束を着る。

3、遺書を書く。自分の人生を振り返りながら、愛する人を思い返しながら。この辺りで参加者からは涙をすすめ音が聞こえてくるように。

4、遺書とキャンドルを手に、死の天使に導かれながら森のなかへ……。

5、自分の遺書を読み上げる。

6、足と手をヒモで縛られ、いざ棺桶のなかへ。棺桶のフタが閉められ、四つ角をカナヅチでトントンと叩かれる。実際にクギ打ちまでされると困るが、ただ叩いて臨場感を出すだけである。ちなみに、棺桶に入っている時間は30分。

 こうして見ると限りなく胡散臭いが、それでも人々が惹きつけられるのは、ハッピー・ダイイング・カンパニーの代表を務めるキム・キホ氏に、ある種のカリスマ性が窺えることにも起因するかもしれない。

 「とにかく眼力がすごくて……」ユカに話を聞いた。彼女はこの偽葬式を追ったドキュメンタリーでホストを務めた。「強い眼、って訳でもないの。吸い込まれそうな、不思議な力を持った眼。濁りがなくて、人の心にスッと入ってくる感じ。そんなキホさんの第一印象はウィリー・ウォンカ。ようやく捕まえられたと思ってもフラッとどこかへ行っちゃう。得体の知れない、不思議なおじさんって感じで」

 「彼がどうしてこの偽葬式を始めたのかと言うと、ある日突然、気づいたんだって。死と幸せはすごく近くに存在するってことにね。偽葬式を提供する会社も、今じゃ韓国国内に4、5社あるらしくて。だけど彼曰く、これはもともと自分のアイディア。ほかはプロセスだけをマネただけのビジネスに過ぎない、本当の精神論は誰も理解していない、って」

 ではこのキホという男、一体どういったコンセプトで提供しているのか? 彼曰く、人はみな、自分の人生の主人公であるべき存在。しかし気づけば会社のため、社会のため、自らを犠牲にして生きている。そこで一度死んでみることで、自分が主役の人生をスタートさせることができるのではないか。そんな疑問からスタートしたのが偽葬式だった、という訳だ。

 次に参加者たちは、どういったきっかけからこの偽葬式に参加したのだろう? そのうちの1人、キム・ビョンス氏は、カンナム区にオフィスを構える歯科医だ。その腕前はというと、彼に施術してもらうため、わざわざ海外から訪れる人がいるほど。さらにはテレビ出演も多数という著名な人物。どう見ても成功者の1人にしか見えない彼だが、過去には自殺未遂を繰り返した経歴の持ち主でもある。

 一度、腰痛に苛まれたことがきっかけとなって、精神を病んでしまったというビョンス氏。彼曰く、職場に向かうときは、まるで戦場にでも向かっているような気持ちになるとのこと。

 激しい競争社会のカンナム区では、彼のように成功を納めた人物でさえ、経済状況に悩まされている。もうすぐ大学に進学する下の子どもの学費や毎月の家賃……。自分の家族を支えなければという気持ちが、そのままプレッシャーとなって彼の肩に重くのしかかる。そうして最近、再び自殺を考えるようになったという。

 今回の偽葬式は彼にとって2度目だ。前回の偽葬式で苦しみから救われた経験を再度求めての参加となる。

 「自殺の原因として、みんなが口を揃えて言っていたのが……」ユカが語る。「韓国は急速に豊かになってきたけど、それと反比例するように、国民の精神が貧弱していってる、ってこと。成功を収めなければ、人として価値がない。そういう無言のプレッシャーがものすごいみたい」

 自殺の原因はほかにもある。セレブの自殺が引き金となるケースも後を絶たないらしい。「成功を収めたセレブでさえ生きている意味を見いだせないなら、庶民の自分なんかに見いだせる訳がない、っていう感じで続いちゃうんだって」とユカ。

 それにしても、この偽葬式。話を聞いているだけではなかなか想像もつかないサービスではあるが、そもそも棺桶に入ること自体がなかなかない経験だ。棺桶のなかでの体験について、ユカの話に耳を傾けてみよう。「忙しい毎日に追われるばかり、自分にとって大切なものがなんなのかを考えるヒマもないなか、いきなり『今日があなたにとって最期の日です』なんて言われると、否応なしに考え始めるの。自分にとっての本当の幸せはなんなのか、自分はなにを追い求めて生きていたのか……」

 「それで棺桶に入るでしょ。この棺桶ってのが、実は最高の瞑想空間で。外界からシャットダウンされて、そこに存在するのは自分だけなの。仕事も、人間関係のトラブルも、社会のプレッシャーも、ぜーんぶ棺桶の外に置いてきて。やっと本当の意味で、自分勝手になれる。そんなイメージ」

 とは言え、身の丈ほどしかない空間で、30分もの時間をただ1人過ごす訳である。パニックなどにはならなかったのだろうか。「これは個人的なことなんだけど、私にとって呼吸できない状況ってメチャクチャ恐怖なのね。一度、友達とエレベーターに閉じ込められたことがあって。そのとき私、いの一番にパニックになっちゃった。胃カメラを飲むときもパニックしたことがある」

「それだけに、棺桶に入るのは未知の領域だった。おそらく2分も過ぎた辺りで、どこかのゾンビ映画みたいにウガー!って、棺桶のフタを突き破って出てきちゃうに決まってると思ってた。でも実際にはちがった。棺桶のなかでの30分は、とにかく安らぎの時間で」

 「偽葬式の本番前には遺書を書くんだけど、そのときあることを考えて。それが、半年前に自分から終止符を打った、ある人との7年間。思い返すといつも洪水のように泣いてばかりいたから、できるだけ考えないように、考えないようには努力したんだけど。自分が弱かったせいで相手をメチャクチャに傷つけたし、自分の心にも一生消えない傷が残ったの……」

 「でも棺桶のなかでは、彼と過ごした本当に幸せだった時間や思い出、1人の人を死ぬほど愛した気持ちを、別れてから初めてちゃんと思い返すことができた。あれだけウサン臭いと思ってたのにね。棺桶から出たときにはもう、顔も緩みまくりだった!」

 どうやらユカは万々歳の結果を得られた様子。ではもう1人の主人公、有名歯医者のビョンス氏は一体どうだったのだろう。「棺桶のなかでは……」ビョンス氏が語る。「もうすぐ大学に進学する娘とクルージング旅行へ行こうと思った。それから、妻を世界旅行に連れていきたい。そのプランを考えていたら、幸せでしょうがなくてね。私の人生は家族がすべて。もう自殺なんて考えないよ」

 ユカ曰く、棺桶から出てきたビョンス氏は、まさに満面の笑みを浮かべていたとのこと。歩き方すら、背筋を伸ばして軽快そのものだったらしい。

 いま一番なにがしたい?という質問に、ビョンス氏はこう答えた。「家に帰って、妻と子どもたちに、愛してると伝えたい。それで、これでもかってくらい、力いっぱいに抱きしめるんだ。ナンバーワンにならなくてもいい。ナンバーワンになろうと藻掻くのは、どうやら私の性に合わないらしい。これからはナンバーツーでもいいから、自分が一番幸せになれる人生を歩むつもりさ」

 「今日があなたの最期の日です」——。突然そう言われたら、果たしてその日を安らかに受け入れられるだろうか。十分幸せだったと笑顔で言い切れるだろうか。あるいは、死に際まで〝裸の王様〟を貫き通すのだろうか。しかしそのために自ら死を選ぶのは、あまりに悲しすぎる。そんなとき、偽葬式のような常軌を逸したサービスこそ、もしかすると実質的な救いの手を差し伸べてくれるのかもしれない。

 2006年には、およそ東京都レベルにまで発展した韓国経済。2008年のGDPは世界15位を記録した。しかし今年5月に判明したのは、韓国の経済成長率が90年代のアジア通貨危機以来、初めて日本に逆転される可能性の浮上だった。深刻な内需低迷や生産人口の減少。かつて長期不況に陥った日本と同じ軌跡を辿りつつあると揶揄される韓国。

 競争社会のなかにおいて、虚栄のベールは人々の外貌を華やかに飾るばかりか、ひとときの安堵を与えてくれるようにも感じられる。しかし歯科医のビョンス氏が証言してくれたように、経済的な成功というのはどれだけ成し遂げても満足しない。なにをもって幸せとするかは人それぞれだが、こうしたサービスを通じて人々が再確認していくものには少なからず似通ったなにかがあるようだ。

 韓国のホットトレンド、偽葬式。その実態は、自殺問題をユニークな角度から解消するポテンシャルを秘めた最新ビジネスだった。

VICE.com/jpにて掲載

原発20キロ圏内に生きる男

Text by Tomo Kosuga
[初出掲載:VICE.com日本版 2013年3月]

純白に透き通った頭髪は、日焼けした顔をよりいかつく見せる。垂れた目の奥には、映り込むいかなるものも逃すまいと黒光りした瞳がきつく構える。その反面、目尻に大きく刻まれた皺(しわ)からは、日頃から笑顔の絶えない人柄がうかがえた。「この町で生まれ育って53年。最期は富岡で死ぬしかねえべ」
2011年3月11日に起きた東日本大震災から、今日で2年が経つ。日本観測史上最大の大震災が呼び起こしたのは、誰もが予想だにしない事態だった。福島第一原子力発電所事故だ。この影響をじかに喰らった地域のひとつに、福島県双葉郡の富岡町がある。福島第一原発から20キロ圏内に位置し、今なお一定の放射線量を記録する富岡町。事故以来、町全域が立入禁止の警戒区域に指定された状態が続く。

その富岡町でたった独り、生きてきた男がいる。松村直登(まつむら なおと)さん、53歳。この地で代々、米農家を営んできた家系の5代目だ。「富岡町って小さいけど……」松村さんは語る。「自然には恵まれているわけよ。海があって川があって、山も近い。だから海で海水浴、川で魚釣り、山で山菜採り。今は、その全てができなくなったな」

Just another WordPress site