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【VIDEO】北京の蟻と鼠は大成を夢見る

中国で新型ワーキングプアが問題だ。高学歴だが劣悪な環境で共同生活する「アリ族」、薄暗い地下空間に生きる「ネズミ族」。華々しい発展の裏で広がる、若年層の貧困。都会を憧憬し訪れた若者はなにを思い、どんな暮らしを送るのか—。VICEトモが北京の地に赴き、現地調査に乗り出した。

〈後編〉北京の蟻と鼠は大成を夢見る

Text by Tomo Kosuga
[初出掲載:VICE.com日本版 2014年1月]

中国の首都・北京に赴き、高学歴ワーキングプア「アリ族」の実態を垣間見た我々は、アリ族に続く新型ワーキングプア「ネズミ族」の姿を追って、取材を続行した。 「ネズミ族」—。2010年頃から中国国内で囁かれるようになった「地下住人」を指す造語だ。彼らは太陽の光も届かない薄暗い地下で、ネズミ同然の生活を送っているという。その数、北京市内だけでおよそ100万人。北京市の人口が約2000万人であるから、北京人の1/20が地下で暮らしていることに。

北京の街ではそびえ立つ高層ビルの地下に無数の防空壕が広がる

100万人が地下に暮らす都市—。まるでSFのようで信じられないかもしれない。また、それだけ夥しい数の人を収容できるだけの広大なスペースが北京市の地下に広がっているのも驚きだ。果たして北京の巨大地下空間、いかにして生まれたのか?

〈前編〉北京の蟻と鼠は大成を夢見る

Text by Tomo Kosuga
[初出掲載:VICE.com日本版 2014年1月]

中国でいま、若者が「アリ」や「ネズミ」と呼ばれていることをご存知だろうか。
事の発端は2009年。1980年生まれの若手研究者・廉 思(リエン・スー)が北京郊外の唐家嶺を訪問した。そこで暮らす大学卒業生たちが、狭い部屋をルームシェアで借り、独立したキッチンやトイレがない一方、インターネット環境だけは整備されているといった特徴を見出した廉 思。知能が高く、弱く小さく、群れで暮らす様子から、彼らを「蟻族」と命名した。廉 思はこの時の記録と分析を著作『蟻族』にまとめ、本書は2009年のベストセラーとなっている。

2012年には『蟻族の奮闘』という名で連続ドラマが放映され、続く2013年には映画化もされた蟻族。中国を代表する中国語辞書『現代漢語詞典』第6版には〝オタクの男女〟を意味する「宅男・宅女」や短文投稿サイト「微博」(ウェイボ)などと共に「蟻族」が新語として盛り込まれるなど、現代中国の社会現象を象徴するキーワードとして知られる。
北京で10万人、中国全土では100万人いるとされる蟻族。なぜ高学歴を持つ若者がいま、過酷な生活を強いられているのか—。中国は北京の地を訪れ、急速発展を遂げる中国社会の影を追った。

自殺大国・韓国 最新トレンド『偽葬式』を追う

Text by Tomo Kosuga
「自殺大国」と聞いて、まず頭に浮かぶのは我が国・日本。しかし実際にはその座も、2002年には韓国に譲っていることをご存知だろうか。

 経済協力開発機構(OECD)加盟国で8年連続の自殺率トップを保持する韓国。2011年の自殺者は15,906人。日本の年間自殺者数が30,000人と言われるため、そのおよそ半分だ。しかし人口10万あたりの自殺者数で見た場合、日本が33.5人に対し、韓国は49.6人。後者の方が約1.5倍高い。韓国では1日換算で43人、約30分に1人が自殺していることに。

 自殺が社会問題になるなか、韓国人はどのようにして精神を維持しているのだろうか。今回、韓国でトレンドの兆しにあるひとつのサービスに着目。それが〝偽葬式〟だ。

 自殺問題に抗うかのようなこの韓国トレンドを追ってVICEが乗り込んだのは、大韓民国ソウル特別市南東部にあるカンナム区。高層アパートが建ち並び、韓国において最も裕福とされるエリアのここは〝韓国のビバリーヒルズ〟と呼ばれる。肥満気味の男がサングラスをかけて馬乗りのダンスを踊り狂うミュージックビデオ「カンナムスタイル」はまだまだ記憶に新しいが、カンナム区が象徴するのはまさしく韓国の裕福な側面。

 そんなカンナム区を舞台に、偽葬式は行なわれる。取り仕切るのは、ハッピー・ダイイング・カンパニー。偽葬式というアイデアにしても、この社名にしても、星新一か筒井康隆あたりが小説化していてもおかしくない響きなだけにいかがわしくも聞こえる。しかし実際に存在し、サービスを提供する組織だ。この怪しい組織を通して体験できることが、いわゆる葬式の疑似体験。とは言え、これは見送る側としてでなく、棺桶に入る死者として——。

以下、その手順を記そう。

1、レクチャールームで講義を聞く。エモーショナルな映像を鑑賞したり、いわゆる人生の格言のスピーチを受ける。そして最後に「今日であなたの人生は幕を閉じます。あなたは新しい人間として生まれ変わるのです」と宣告される。

2、死装束を着る。

3、遺書を書く。自分の人生を振り返りながら、愛する人を思い返しながら。この辺りで参加者からは涙をすすめ音が聞こえてくるように。

4、遺書とキャンドルを手に、死の天使に導かれながら森のなかへ……。

5、自分の遺書を読み上げる。

6、足と手をヒモで縛られ、いざ棺桶のなかへ。棺桶のフタが閉められ、四つ角をカナヅチでトントンと叩かれる。実際にクギ打ちまでされると困るが、ただ叩いて臨場感を出すだけである。ちなみに、棺桶に入っている時間は30分。

 こうして見ると限りなく胡散臭いが、それでも人々が惹きつけられるのは、ハッピー・ダイイング・カンパニーの代表を務めるキム・キホ氏に、ある種のカリスマ性が窺えることにも起因するかもしれない。

 「とにかく眼力がすごくて……」ユカに話を聞いた。彼女はこの偽葬式を追ったドキュメンタリーでホストを務めた。「強い眼、って訳でもないの。吸い込まれそうな、不思議な力を持った眼。濁りがなくて、人の心にスッと入ってくる感じ。そんなキホさんの第一印象はウィリー・ウォンカ。ようやく捕まえられたと思ってもフラッとどこかへ行っちゃう。得体の知れない、不思議なおじさんって感じで」

 「彼がどうしてこの偽葬式を始めたのかと言うと、ある日突然、気づいたんだって。死と幸せはすごく近くに存在するってことにね。偽葬式を提供する会社も、今じゃ韓国国内に4、5社あるらしくて。だけど彼曰く、これはもともと自分のアイディア。ほかはプロセスだけをマネただけのビジネスに過ぎない、本当の精神論は誰も理解していない、って」

 ではこのキホという男、一体どういったコンセプトで提供しているのか? 彼曰く、人はみな、自分の人生の主人公であるべき存在。しかし気づけば会社のため、社会のため、自らを犠牲にして生きている。そこで一度死んでみることで、自分が主役の人生をスタートさせることができるのではないか。そんな疑問からスタートしたのが偽葬式だった、という訳だ。

 次に参加者たちは、どういったきっかけからこの偽葬式に参加したのだろう? そのうちの1人、キム・ビョンス氏は、カンナム区にオフィスを構える歯科医だ。その腕前はというと、彼に施術してもらうため、わざわざ海外から訪れる人がいるほど。さらにはテレビ出演も多数という著名な人物。どう見ても成功者の1人にしか見えない彼だが、過去には自殺未遂を繰り返した経歴の持ち主でもある。

 一度、腰痛に苛まれたことがきっかけとなって、精神を病んでしまったというビョンス氏。彼曰く、職場に向かうときは、まるで戦場にでも向かっているような気持ちになるとのこと。

 激しい競争社会のカンナム区では、彼のように成功を納めた人物でさえ、経済状況に悩まされている。もうすぐ大学に進学する下の子どもの学費や毎月の家賃……。自分の家族を支えなければという気持ちが、そのままプレッシャーとなって彼の肩に重くのしかかる。そうして最近、再び自殺を考えるようになったという。

 今回の偽葬式は彼にとって2度目だ。前回の偽葬式で苦しみから救われた経験を再度求めての参加となる。

 「自殺の原因として、みんなが口を揃えて言っていたのが……」ユカが語る。「韓国は急速に豊かになってきたけど、それと反比例するように、国民の精神が貧弱していってる、ってこと。成功を収めなければ、人として価値がない。そういう無言のプレッシャーがものすごいみたい」

 自殺の原因はほかにもある。セレブの自殺が引き金となるケースも後を絶たないらしい。「成功を収めたセレブでさえ生きている意味を見いだせないなら、庶民の自分なんかに見いだせる訳がない、っていう感じで続いちゃうんだって」とユカ。

 それにしても、この偽葬式。話を聞いているだけではなかなか想像もつかないサービスではあるが、そもそも棺桶に入ること自体がなかなかない経験だ。棺桶のなかでの体験について、ユカの話に耳を傾けてみよう。「忙しい毎日に追われるばかり、自分にとって大切なものがなんなのかを考えるヒマもないなか、いきなり『今日があなたにとって最期の日です』なんて言われると、否応なしに考え始めるの。自分にとっての本当の幸せはなんなのか、自分はなにを追い求めて生きていたのか……」

 「それで棺桶に入るでしょ。この棺桶ってのが、実は最高の瞑想空間で。外界からシャットダウンされて、そこに存在するのは自分だけなの。仕事も、人間関係のトラブルも、社会のプレッシャーも、ぜーんぶ棺桶の外に置いてきて。やっと本当の意味で、自分勝手になれる。そんなイメージ」

 とは言え、身の丈ほどしかない空間で、30分もの時間をただ1人過ごす訳である。パニックなどにはならなかったのだろうか。「これは個人的なことなんだけど、私にとって呼吸できない状況ってメチャクチャ恐怖なのね。一度、友達とエレベーターに閉じ込められたことがあって。そのとき私、いの一番にパニックになっちゃった。胃カメラを飲むときもパニックしたことがある」

「それだけに、棺桶に入るのは未知の領域だった。おそらく2分も過ぎた辺りで、どこかのゾンビ映画みたいにウガー!って、棺桶のフタを突き破って出てきちゃうに決まってると思ってた。でも実際にはちがった。棺桶のなかでの30分は、とにかく安らぎの時間で」

 「偽葬式の本番前には遺書を書くんだけど、そのときあることを考えて。それが、半年前に自分から終止符を打った、ある人との7年間。思い返すといつも洪水のように泣いてばかりいたから、できるだけ考えないように、考えないようには努力したんだけど。自分が弱かったせいで相手をメチャクチャに傷つけたし、自分の心にも一生消えない傷が残ったの……」

 「でも棺桶のなかでは、彼と過ごした本当に幸せだった時間や思い出、1人の人を死ぬほど愛した気持ちを、別れてから初めてちゃんと思い返すことができた。あれだけウサン臭いと思ってたのにね。棺桶から出たときにはもう、顔も緩みまくりだった!」

 どうやらユカは万々歳の結果を得られた様子。ではもう1人の主人公、有名歯医者のビョンス氏は一体どうだったのだろう。「棺桶のなかでは……」ビョンス氏が語る。「もうすぐ大学に進学する娘とクルージング旅行へ行こうと思った。それから、妻を世界旅行に連れていきたい。そのプランを考えていたら、幸せでしょうがなくてね。私の人生は家族がすべて。もう自殺なんて考えないよ」

 ユカ曰く、棺桶から出てきたビョンス氏は、まさに満面の笑みを浮かべていたとのこと。歩き方すら、背筋を伸ばして軽快そのものだったらしい。

 いま一番なにがしたい?という質問に、ビョンス氏はこう答えた。「家に帰って、妻と子どもたちに、愛してると伝えたい。それで、これでもかってくらい、力いっぱいに抱きしめるんだ。ナンバーワンにならなくてもいい。ナンバーワンになろうと藻掻くのは、どうやら私の性に合わないらしい。これからはナンバーツーでもいいから、自分が一番幸せになれる人生を歩むつもりさ」

 「今日があなたの最期の日です」——。突然そう言われたら、果たしてその日を安らかに受け入れられるだろうか。十分幸せだったと笑顔で言い切れるだろうか。あるいは、死に際まで〝裸の王様〟を貫き通すのだろうか。しかしそのために自ら死を選ぶのは、あまりに悲しすぎる。そんなとき、偽葬式のような常軌を逸したサービスこそ、もしかすると実質的な救いの手を差し伸べてくれるのかもしれない。

 2006年には、およそ東京都レベルにまで発展した韓国経済。2008年のGDPは世界15位を記録した。しかし今年5月に判明したのは、韓国の経済成長率が90年代のアジア通貨危機以来、初めて日本に逆転される可能性の浮上だった。深刻な内需低迷や生産人口の減少。かつて長期不況に陥った日本と同じ軌跡を辿りつつあると揶揄される韓国。

 競争社会のなかにおいて、虚栄のベールは人々の外貌を華やかに飾るばかりか、ひとときの安堵を与えてくれるようにも感じられる。しかし歯科医のビョンス氏が証言してくれたように、経済的な成功というのはどれだけ成し遂げても満足しない。なにをもって幸せとするかは人それぞれだが、こうしたサービスを通じて人々が再確認していくものには少なからず似通ったなにかがあるようだ。

 韓国のホットトレンド、偽葬式。その実態は、自殺問題をユニークな角度から解消するポテンシャルを秘めた最新ビジネスだった。

VICE.com/jpにて掲載

原発20キロ圏内に生きる男

Text by Tomo Kosuga
[初出掲載:VICE.com日本版 2013年3月]

純白に透き通った頭髪は、日焼けした顔をよりいかつく見せる。垂れた目の奥には、映り込むいかなるものも逃すまいと黒光りした瞳がきつく構える。その反面、目尻に大きく刻まれた皺(しわ)からは、日頃から笑顔の絶えない人柄がうかがえた。「この町で生まれ育って53年。最期は富岡で死ぬしかねえべ」
2011年3月11日に起きた東日本大震災から、今日で2年が経つ。日本観測史上最大の大震災が呼び起こしたのは、誰もが予想だにしない事態だった。福島第一原子力発電所事故だ。この影響をじかに喰らった地域のひとつに、福島県双葉郡の富岡町がある。福島第一原発から20キロ圏内に位置し、今なお一定の放射線量を記録する富岡町。事故以来、町全域が立入禁止の警戒区域に指定された状態が続く。

その富岡町でたった独り、生きてきた男がいる。松村直登(まつむら なおと)さん、53歳。この地で代々、米農家を営んできた家系の5代目だ。「富岡町って小さいけど……」松村さんは語る。「自然には恵まれているわけよ。海があって川があって、山も近い。だから海で海水浴、川で魚釣り、山で山菜採り。今は、その全てができなくなったな」

日出る国の新型ホームレス、ネットカフェ難民

Text by Tomo Kosuga
Illustration by Shintaro Kago
最近じゃ世界のドコへ行ってもネットカフェはあるけど、日本の場合は設備の整い方がハンパじゃない。レジでは食べ物も買えるし、どこも基本的に個室が用意されていて、その中にはパソコンやテレビ、リクライニングチェアが常備されている。何千冊というマンガも置かれているし、シャワールームの設置されている店も。

そしてそのほとんどが24時間フル営業だ。だからネットしていて眠くなったらリクライニングチェアを倒して寝ちまえばイイ。そしたらおおっと、あっという間に伝説の“日出づる国”の太陽が照らしているハズだぜ(だからと言って、薄暗いカベに囲まれた洞窟のようなカフェの中じゃ太陽なんて見えるワケないけど)。
超物価の高い日本で心地よく一晩過ごしてたったの1,500円程度しかかからないんだからハンパじゃない。こうした破格を、急速に増加している失業者やそれに伴って住む場所を無くしている日本人の数に反映させてみれば、ある1つの結論が導き出せる:日本のニュータイプのホームレス、てな。

実際、なけなしのカネで寝泊りできる場所があることに目をつけたホームレスたちが日本に増えるにつれ、ネットカフェは社会の注目となった。2007年度の厚生労働省による東京と大阪での調査では、“ネットカフェ難民”と呼ばれる連中の数が5,400人にも上っている。その多くが、日銭で生計を立てている日雇い労働者だ。この特定のホームレス人口の内訳で最も多いのが20代で27.7%、そしてその次が50代で25%。東京だけでみると、住居を失った理由に「仕事を辞めた」と挙げる者が半数を占めしている(2008年の統計はまだ出ていないが、失業者率の上昇に伴いネット難民の数も増加してることは間違いないだろう)。
東京におけるこういったネットカフェ難民の平均月収は10.7万円。一方で彼らのひと月の出費は、寝泊り代におおよそ2.8万円、娯楽が2.6万円、食費が2.9万円、そして携帯電話といったその他の生活必需品を合わせたトータルで平均10万円弱ってトコだ。だから、当たり前だけど貯金なんて到底ムリ。その日暮らしを強いられているだけに、部屋を借りようにも礼金や敷金も満足に用意出来ない。そうして特定の住所を持っていないと正規雇用の職にも就けない。まさに“負のスパイラル”に陥っているってことだ。
各メディアが彼らを『隠れたホームレス』と名づけて一斉に報じ、騒ぎになった後に政府は“ネットカフェ難民専用相談窓口”を開設した。だがココのサポートを受けられるのは、東京に6ヶ月以上いながらも現時点で住居のないヤツらだけ。明らかにそのほか大勢の貧しいヤツらを除外しているってことだ。そして偶然にも、相談窓口の事務所は東京で最も危険かつ誘惑の多い歓楽街・歌舞伎町にある。政府が言うには、“新宿が最もネットカフェの多くてアクセスしやすい街だから”ってことらしい。なるほどね。では敬意を表して、“怪しいニオイがプンプンするけどな”とだけ付け加えておこう。
オレはまず、蒲田にある最も有名な“簡易宿泊所と化した某ネットカフェ”を訪れる前に、同じく蒲田にあった一般的なネットカフェへ潜入してみることにした。その下準備として、ヒゲを一週間ほど剃らずに放置し、髪もボサボサになるまで伸ばし、3日ほど着たままの汗クサいTシャツを着込んでみた。そう、つまりヤツら難民の1人に成り切ってみてこの街のヤツらの反応を見てみようってな魂胆だ。そして受付ではこう言い告げられたぜ:「満室で既に5人ほどお待ちいただいている状態ですので……」。なにそれ、断ってるつもり?しかも、5人もドコに待ってるんだ?周りに誰も見あたらないんだけど?
そう、つまりは単純に「冗談じゃない。オマエみたいな乞食に部屋を使わせるか、このホームレスが」という捨てゼリフを丁寧に言われただけのことだった。こうしてオレは晴れて“ネットカフェ難民”として認定された。それじゃあ洗礼も受けたことだし、後は同じ境遇のヤツらと触れ合うしかないだろ?
オレは自信満々に外へと出て、最も頻繁にメディアに登場している“簡易宿泊所と化した某激安ネットカフェ”の近くをさまよっていると、ブツブツ独り言をつぶやく汚い身なりをした30代の男が目に入ったのでさっそく声をかけてみた。「ねえ、一緒に朝メシ食いに行かない?おごるよ。1人で食べるのって寂しいしさ」。だが男はオレをジロジロと一瞥すると、無言のまま去っていったんだ。その後も同様にそれらしきヤツら数人に声をかけてみたが、結果は同じだった。そんなにオレは“ホームレスの男たちをレイプして殺すゲイの変質者”にでも見えたのか?ああ、多分な。
とにかく、そんな生活を1週間続けてみたが、成果は上げられなかった。それもそのハズ。ヤツらのほとんどが日雇い労働者、概して落ちこぼれの集団だ。生活水準の高い日本人にしてみたら途方もないくらい恥ずかしい彼らの路上生活を考えると、ヤツらが見知らぬ人間と話したがらないのも分からなくもない。それでも、“もしかしたらオレのやり方がいけなかったのかも”と思ったオレは作戦を変更し、今度は身なりを整え、堂々と取材を前面に出したインタビューを試みた。だが結局は、誰に声をかけても最後まで話を聞かないまま逃げる始末。
オレは次に、先述のネットカフェへと向かった。そこは駅から歩いて数分の距離にある今にも崩れそうな小汚いビルの中にあった。そして小汚い格好の男たちがうろつく店内には、思ったとおり一角にスナック売り場、そしてもう一角にマンガがずらりと並べられていた。夕方7時を回ると、学校を終えた中学生の集団が同じビルにある塾教室へと駆け込んでいく。そうした子どもたちが乗り込むエレベーターの側では、中年の男たちが自分の汚れたTシャツの匂いをかいだり、居心地悪そうにカラダをユラユラ動かしていた。
このネットカフェでは2種類の部屋が提供されている:1つはテレビの置いてある畳の部屋。そしてもう1つがイスと机、そしてパソコンが置いてある部屋。畳の部屋にはテレビが1台置いてあるきり。きっと、横になって寝れる様に用意されているんだろう。オレはとりあえず“個室”をチョイス。利用料金は1時間100円。他の多くのネットカフェが1時間400円はかかることを考えると相当安い。ココの人気にも納得だ。
だが個室とは言え、ボロボロのカーテンで仕切られているだけでプライバシーも防犯性もなし。そのせいか、ネットカフェ難民を狙った窃盗事件も多発しているらしい。各階エレベーターの側にはコインロッカーが備え付けられていて、各室のパソコンは太い鎖と南京錠で固く縛り付けてあった。キーボードはところどころキーのないモノもあり、その上をなんだかワケの分からないベタベタしたモノが覆っている。床には大量のゴミとタバコの吸ガラ、そしてカベはビリビリに破られていた。超せまい個室に備え付けられたリクライニングチェアは不釣り合いなほど大きくて、前に回って座るのも一苦労だ。
それでもせまい空間に落ち着きを感じてしまう、それが日本人。実際、オレもその例外じゃなかった。近くのヘビースモーカーからコンスタントに聞こえてくる“スーハー”というタバコを吸う音とそのケムリさえなければ、それこそ快適だったと言える。
カフェの客はと言うと、真っ黒に日焼けしボロボロとなった作業服を着た連中がほとんど。当たり前だが、最後まで女性客の姿を見ることはなかった。そういえば、政府の調査でネットカフェ難民の一番多くを占めているハズの若い連中の姿もほとんど見なかった。実際、オレが見た客の中でも若者らしいヤツはたったの1人(もちろん、そいつもオレとは話をしてくれなかった上、なんだかアジア系の外国人っぽかった)。
この店まで寝に来る客はと言えば、30〜40代の小汚い無職っぽい男たちと、年老いた50〜60代の日焼けした労働者らしいオッサンたち。政府の調査結果に出ていた若いヤツらっていうのは、ちょっとした短期滞在程度のレベルでもう既に存在しないんじゃないのか?
そんな疑問は政府のおかしな新政策にも結びつく。調査にあたって、政府は国中にあるインターネットカフェに片っ端から電話をし、店員に平均的なオールナイト利用者数とそのうち週の半分以上を利用する常連客の数を訊いた。まず店員の記憶を基にしている時点でそのデータの信用性はないから、この調査の数字がどこまで正しいのか知ることも不可能だ(おっと、それから全国の146店舗にアンケートも置いたらしいんだけど、何もしゃべりたがらない恥ずかしがり屋のあいつらの何人がアンケートなんかに答えると思う?)。
東京におけるネットカフェ難民問題とそれに対する政府の役割について理解をより深めるため、オレは“ネットカフェ難民専用の相談窓口”の相談員と話をしようと思い、いざ歌舞伎町へと出かけた。なんでも定期的に歌舞伎町を歩き回って巡回相談をしているらしい。しかしヤツらのサイトに書いてあった巡回相談の時間帯に1時間以上も夜中の歌舞伎町を歩き回って探したが、結局相談員の姿を見つけることは出来なかった。
翌朝、相談窓口に電話をすると、なんと昨晩は台風が近づいていたから7時半の時点でパトロールは中止にしたとのこと。せめてサイトのトップでそう告知しろよと思いつつも「昨晩はその時間帯に雨は降ってなかったんだけど」と伝えると、「現場の担当の判断で中止になったんでしょう。このパトロールはアウトリーチプログラムで、潜在的なネットカフェ難民を私たちが見つけて声をかけるというモノですから、通常は電話で予約をとってもらえれば窓口で相談を受けられますからね」という回答だった。エーッ、じゃあホームページで告知する意味ってなんなの?「まあ、みんながみんな、ホームページを見ているワケじゃありませんから」だって。なるほど。つまり政府の調査で明らかとなった“インターネットに夢中な若いネットカフェ難民”ってのは、ネットカフェで生活しているハズなのに、支援費用をもらうためにはネットを活用してないってことなのか。じゃあサイト上での告知は誰に向けてのモンだったんだ?ただの“私たちガンバッてます!”アピール?ホント、カンペキに筋の通った話だよな。
政府のこんな情報管理能力の無さは、09年度に施行予定のネットカフェ難民に対する新しい融資政策に関しても言えることだ。コレは公共職業訓練の受講を条件に3ヶ月〜6ヶ月の間、住居や生活費として毎月15万円を融資するというモノだが、年収150万円以下の者には返済が免除されるため、実質的には給付と言ってイイ。だからまあ、ラッキー!ってヤツ。政府はこのために2009年度予算案に1億円を盛り込む予定。ただし、その対象となるのも、“ネットカフェで寝泊りしながら日雇いで働いているような30代後半以下の連中”。言い方を変えると、オレが実際にあのネットカフェで見てきたような中年・高齢のワーキングプアには適用されないってことだ。
おっとそれからもう1つ落とし穴が:1人を支援するのに平均70万円くらいかかるのに予算1億円程度じゃ、実際にこの政策の恩恵を受けられるのは140人程度。つまり、政府の調査で明らかとなった5,400人のネットカフェ難民のたった2.6%程度しか救われない計算になる。しかも5,400人という人数だって氷山の一角に過ぎない。
とまあ数字をたくさん上げてしまったけど、分かりやすく言うと、こういうこと:日本政府は、燃え盛る炎にスプーン1杯のツバをかけて消そうとしてて、今年も多くの年寄りホームレスたちがネットカフェで過ごす時間がますます長くなりそうだってことさ。