「田附 勝」カテゴリーアーカイブ

秋田の限界集落に赴き、「朽ちていく写真たち」を見てきた。

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■秋田の限界集落で開かれる、謎のアートイベント
「ハイ、着きましたよ!」——。早朝から電車、バス、飛行機、バス、バスといくつもの移動手段を駆使した挙げ句、いよいよ睡魔に襲われ始めたころ、ようやく目当ての村に着いた。
ここは上小阿仁村。秋田県のほぼ中央に位置する、山あいの村である。地元の縄文遺跡などから、古くは3500年前から人が居住し続けた地であることが判明している。そして徳川時代、藩の方針として「秋田杉」を育て始めたことから、その産地としても今なお有名だ。
ここを舞台に毎年開催されているアートイベント「KAMIKOANI PROJECT AKITA」をこの目で確かめたく、はるばるやってきたというわけ。いわゆる極度な高齢化が進む「限界集落」を舞台にしたアートイベントである。なんだかその意気込みもおもしろい。
なかでも、写真家・田附勝さんの展示『みえないところに私をしまう』を観たくてやってきた。展示としては珍しく、2013年から丸2年も展示され続けているんだけれど、今年でそれも終わりと聞いて。
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僕はこの展示のことを2013年に、当時勤めていたVICEで記事にまとめている
が、恥ずかしいことに、展示を観に来てはいなかった。当時、田附さんの話を電話ごしで聞くだけでもイマジネーションがぼこぼこと湧いてくるような、なにかヒントをくれる魅力に満ちあふれていることは確かだと思ったし、なによりも田附さんの写真はいつも、写真以外の大切なことを教えてくるから、きっとこの展示でもなにか気づきがあるんじゃないかって思った。
今回は、ようやく訪れられたこの展示について説明していこうと思うんだけれど、写真の中身、つまり田附さんがなにを描こうとしたのかについては、先述の記事を読んでもらえばいいと思うので、今回はどちらかというと、本展を実際にこの目で見て感じられたことを中心に書いていく。
その前に、このイベントの舞台となった上小阿仁村について、まずは知ってもらいたいことがいくつかある。それらを順に説明していこう。
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■わずか15人ばかりが暮らす八木沢集落

明治22年、市町村制施行により、現地に点在する9つもの村が統合したものを「上小阿仁村」と呼ぶことになった。このことからも分かるように、いわゆる「1ヵ所にまとまった家々の集合体」というよりは、「森のなかにポツポツと点在する集落」をまとめて上小阿仁村という。

実際、村の92.7%が山林原野なのだから、どちらかというと自然の存在感のほうが強いエリアだ。


まるでガガが履きそうなブーツのような形状をした上小阿仁村
 
2013年の秋田県総人口は105万人。対して65歳以上人口が33万人。これを高齢化率で表わすと31.6%。これは全国1位の割合となり、2040年には43.8%に達するとも予測される。つまり秋田県はぶっちぎりで全国1位の高齢化県なのである(内閣府発表「高齢化の状況」より抜粋)。
そのなかにあって、集落の現状は実に険しいものだ。「限界集落」という代名詞も持つ八木沢集落にいたっては、「人口:15 人 世帯数:8 世帯」っていう始末(2015年3月1日現在)。
えっ、15人ってなに!? ありえないっしょ! これが、初めて聞いたときの、僕の率直な感想。八木沢集落は、秋田県で最も人口が少なく、最も高齢化や過疎化、空洞化が進んでいるとも言われる。
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誰がどう見ても、村の終焉はそう遠くない。
それでも「地域おこし協力隊員」という名目で、都会出身の若者を受け入れて住まわせたり、今回のようなイベントを実現させるなことで、村おこしまでいかなくとも、そこに在る歴史や文化を次なる世代に継承したい。そうした思いは、今年のテーマ「ただ、ここに、在り続けたい。」からも伝わってくる。
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今年のイベントポスターを飾ったのは、上小阿仁村地域活性化応援隊の水原聡一郎さん

■田附さんは集落と向き合い、なにを写そうとしたのか
さあ、ここからが本題だ。田附さんは当初、このプロジェクトに参加するうえで、ひとつの決意をしている。

「もちろん村おこしの意味も含まれるんだけど、八木沢集落は今や限界集落。もう20人弱のお年寄りしか住んでないし、若い人が戻ってきて定住しない限り、村として変われる部分はそれほどない。だから俺は、この村が幸であれ不幸であれ、この現状をそのまま見せたいと思った」

田附勝インタビュー記事より

電話ごしにこの話を聞いたとき、僕は「いやあ、かっけえこと言うなあ!」と関心していたが、実際に現地を訪れてみると、そのことは身に浸みて分かったような気がした。
というのも、村人に話しかけて、訊いてみたんだ、このプロジェクトのことを。田附さんの展示のことを。そしたら、なんというか……なにも返ってこなかった。かえって困らせてしまうほど、まるで無関心という印象だった。
実際、そうなんだろう。まだ村が持続可能、あるいは発展可能なほどの規模なら、とも思う。しかし現実は15人なのだ。いまさら、なにが変わるというのだ。この集落はたしかに、消えかかっていた。そう考えると、田附さんの言葉の節々が重く感じられた。
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これが展示会場。トタンでできた小屋。
元々は耕具などをしまう物置だったらしい。上小阿仁村ではまだトタン作りの家々が風景として残っていて、カラフルな街並みがよく目に入ってくる。
展示タイトルは『みえないところに私をしまう』。なにやら意味深な響きだけれど、これについては前のインタビューで田附さんが答えてくれている。

「写真を撮らせてくれた人たちにはポラをあげたんだけど、おばあちゃんの1人が箱を持ってきてさ。なにが入ってるのかと思ったら、出てきたのは写真アルバム。そうやって写真を大事に保管していた。それを見て、普段は日の目を見ない人生が〝しまわれてる〟んだなって。それで俺も今回、自分が八木沢を訪れて見たこと感じたことを〝しまおう〟と思ってさ。それでこういうタイトルなワケ」

田附勝インタビュー記事より

 

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「小屋には入らないで下さい」って書いてあるのに筆者は入ってしまった。ゴメンナサイ

じつに素敵なストーリーだし、実際、小屋のなかを外から眺めるだけでも、なにやら見ちゃいけないものがなかに潜んでいるような気にも。いつも東京じゃ、腐るほど写真に囲まれているくせして、なぜかこの小屋では、写真が特異なものに見えてきて。

なにかこの村に起きている、何気ない「いま」が刻まれているというか。この「ざわざわ」した感覚に向き合ったのが、ほかでもない田附さんだったんだろう。だから僕も、自分が感じたことを素直に受け止めることにした。

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小屋に入ってすぐ目に入る巨大な老人の顔写真

■いよいよ、小屋の中に入ってみる。
中に入ってみる。強烈に出迎えてくれたのは、老人の顔アップ。強烈なインパクトだ。
おもしろいなと思ったのは、この老人の顔写真が2年もの経年劣化によって、シワだらけになっていたこと。おじいさんの皺と相まってというか、写真のほうがおじいさんに歩み寄ろうとしているようにも見えて、なんだか「ああ、写真も生きてるんだ」と思った。
そう、この展示において写真たちは、呼吸をし、生きているんだよね。もしかすると、額にしまわれ、丁重にあつかわれることのほうがむしろ、写真を殺してるんじゃないかって、そう思えてしまうほどに。
そのほかにも、壁近くの写真は雨や雪、湿気などによって消えかかっていた。このことも、田附さんは2年前に予測していた。

「誰かが見張ってるワケじゃないし、小屋も隙間だらけ。雨が降れば中の写真も濡れちゃうと思うんだよ。でも、もしかしたらこの場合はそれでいいんじゃないか?と思ったんだ。村も人も、トタンも写真も、みな朽ちていくものなんだってさ。それも含めて写真っていうかさ。そういう展示になればいいのかなって、今回は思ったんだよね」

田附勝インタビュー記事より

 

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朽ち果てた写真たちも、見方を変えれば、それが生きていたことを証明するかのよう

朽ちていく写真。そんなの、考えたこともなかった。
いま、写真はかつてないほど、丁寧に扱われるようになった。ある写真には札束が飛び舞う。たかが、紙なのに。大事なのは、そこに映り込んだものであって、その紙が大切なわけではないのに。価値を認められた写真は額に収められ、いつまでも永遠に死んだ時を、果てることなく継続させる。
でもこの写真家は、紙切れに「朽ちてもいいんだよ」と声をかけ、写真は朽ちることを許されたことから、朽ちかけるまでの時を生きることができた。僕たちはさんざん、写真から「時」は抜け落ちるものだと信じ込んでいたのに。
もしかするとこの集落は、いつの日にか消え去るのかもしれない。 でもそれを「死」と捉えるのでなく、「朽ちる」と捉えるとどうだろう。木は虫や動物によって朽ち、倒れたのちに菌類によって分解され、土となる。そこから新たな生命が誕生する。偉大な自然が教えてくれることは、終焉が白黒ハッキリしたものでないことと同時に、その先に新たなものが待ち構えるということ。
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■写真のなかに「しまう」ということ
最初に、村人は無関心だったと書いたけれど、それが如実に感じられたのは、田附さんの写真で村人たちを撮ったものからだった。なにか突き放したような、冷たく、部外者を見るような目つき。頭に黄色いタオルを巻いた男性からはいくぶんの気持ちが感じられるけれど。
これは勝手な想像だけれど、もしかすると田附さんはこの村に歓迎されていなかったのかもしれない。たった1週間っていう、とても短かな時間のなかで完成させてくれ、っていう依頼でもあったのだから、いつもなら一プロジェクトに最低でも1年はかける田附さんのことだから、なおのこと。あるいは「静かにさせてほしい」という気持ちがにじみ出ているのかもしれない。なにせこの村は、もう先が見えているのだから。それは先述した村人の反応からも見てとれることだ。
それでも集落と向き合ったとき、見えてきたものを素直に吐き出したのが、『みえないところに私をしまう』だったのかもしれない。田附さんはこのときの撮影のことはあまり多くを語らなかった。それはきっと、田附さん自身も現地で「私をしまう」ことで、この作品を完結させたからだろう。
田附さん曰く、本展は今年で最後となり、以降は公開する予定はないとのこと。その言葉の意味が、現地を訪れてみて、少し分かったような気がする。
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■村おこしとしてのアートイベントの課題
このイベントに訪れる人々は、地元・秋田県からが大半だった。
あるおばさんに話しかけられたが、このイベントも今年で最後と聞いてやってきたという。秋田市から無料の送迎バスを運転してくれたスタッフさん曰く、今後はイベント名を変え、また違うカタチでの継続を考えているとのこと。村人たちの会話は方言がひどく、もはや異国語のようだった。
そのほか、村に点在する作品も回遊しながら鑑賞したが、村を部外者の目線から見て感じられることや、非現実的な彫刻が目立ち、なぜこの舞台でその作品を見せる必要があるのか?という疑問に答えるような作品はあまり見当たらない。イベントそのものも、どこに向かえば良いのか、まだ方向性が定まっていないようにも見受けられた。
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八木沢集落に点在する〝アート〟作品。う〜〜ん……

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う〜〜〜〜〜ん…………

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やりたいことはなんとなく伝わる

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これに至っては、完成していると言えるのだろうか………分からない

アートで観光客を、という話も近頃よく聞く。秋田県のように高齢化が顕著な場所においてはなおのこと。
アートの力で明るく楽しく、素晴らしい未来をえがくような道すじにしたい。そんな気持ちも分からなくもない。でも、現実を描かざるをえない写真という表現において、田附さんがこの集落で見つめようとしたこともまた伝えていくべき現実であり、見つめなければならない事実だ。
もうじきこのイベントも終わりを迎える。ぜひ行ってみて、とまでお勧めすることはさすがに憚られるから、せめて少しでも現地の空気が感じられるよう、現地レポートというカタチでここに残し、この辺りで筆を置くことにしよう。
協賛、10-3
他にこんな記事もどうぞ
デコトラの田附勝、東北の限界集落に自らを「しまう」
www.tomokosuga.com/articles/masaru-tatsuki-mienai/
一万年の時を超えて | 田附勝「魚人」レビュー
http://imaonline.jp/pickup/review/20150204/
東北の森で野ジカを追い、その暗がりに太古日本のクオリアを見出す
http://www.tomokosuga.com/articles/masaru-tatsuki-kuragari/
田附勝、デコトラの煌びやかなネオンに男たちの飽くなき夢と意地を見る。
http://www.tomokosuga.com/articles/tatsuki-decotora/

VICE Photo Issue 2013 | 田附勝 × KYOTARO

今年11月に限定配布したVICEマガジン『フォトイシュー』日本版から、寄稿作家の田附勝氏、KYOTARO氏がコラボ作品を語る。制作期間、実に半年! 満を持して公開されたコラボ作品2点の秘話を徹底解説。
2013年のVICEマガジン『フォトイシュー』、特集内容は『アーティスト・コラボレーション』。世界から集まった全30名のアーティストが織り成すスペシャルなコンテンツが凝縮された本号。発刊から数日で街から消え去った貴重な本誌は、如何にして生まれたのかー。

デコトラの田附勝、東北の限界集落に自らを「しまう」

Interview and text by Tomo Kosuga
初出掲載:VICE.com日本版 2013年9月


つい先月にも前代未聞の暗黒写真展を開催した写真家、田附勝がまたもやぶっ飛んだことをしたようだ。なんと、秋田県の中央に位置する上小阿仁村(かみこあにむら)の、さらに山奥にある八木沢集落を舞台に、写真展『みえないところに私をしまう』を開催中とのこと。
この写真展、東京から足を運ぶだけで軽く半日はかかる。誰がそんなところまで?という疑問は誰もがまず頭に浮かべることだが、そもそも八木沢集落は「マタギ集落」としても知られる土地なのだ。マタギとは、東北地方や北海道で古い方法を用いて狩猟を行なう人々である。これまで写真集『東北』や『その血はまだ赤いのか』、そしてタブロイド紙『5』にわたって、マタギと向き合って田附なだけあって、この村の訪問には運命的なものを感じ取ったようだ。
今回、秋田から東京に戻ってきたばかりの田附から届いた展示の光景とともに、田附から聞いた本展にまつわる「物語」を紹介したい。

「これは『KAMIKOANIプロジェクト秋田』の一環で……」田附が話を聞かせてくれた。「今年で2年目のプロジェクト。俺は今回、初めて参加した。もちろん村おこしの意味も含まれるんだけど、八木沢集落は今や限界集落。もう20人弱のお年寄りしか住んでないし、若い人が戻ってきて定住しない限り、村として変われる部分はそれほどない。だから俺は、この村が幸であれ不幸であれ、この現状をそのまま見せたいと思った」


田附は8月5日に現地入りした。「最初は上小阿仁村の旅館を提案されたんだけど、そこから八木沢までは車で30分近くかかる。それじゃ遠すぎるし、俺の今までのやり方って『デコトラ』でも『東北』でも〝見てみたい環境にとにかく自分の身を置く〟ってことだったじゃん? だから八木沢に泊まりたかった。それで村の公民館に泊まらせてもらって。毎朝おばあちゃんたちに挨拶して、時には一緒にご飯食べたりもしてたよ」
これまで『デコトラ』や『東北』といったように端的なタイトルが多く見られた田附だが、今回のタイトルは『みえないところに私をしまう』と、なにやら意味深だ。そのワケを訊くと、ひとつのストーリーを語ってくれた。
「展示の様子を見てもらえば分かると思うけど、村に寝泊まりした1週間で色んな人を写した。当たり前だけど、年寄りが多いんだよ。そんな彼らにとって、写真を撮られるのは稀なこと。それこそ昔だったら、写真屋さんに来てもらって撮ってもらうほど貴重なことだった」
「写真を撮らせてくれた人たちにはポラをあげたんだけど、受け取ったおばあちゃんの1人が箱を持ってきてさ。なにが入ってるのかと思ったら、出てきたのは写真アルバム。そうやって写真を大事に保管してるんだよね。それを見て、普段は日の目を見ない人生が〝しまわれてる〟んだなって。それで俺も今回、自分が八木沢を訪れて見たこと感じたことを〝しまおう〟と思ってさ。それでこういうタイトルなワケ」


展示場となったトタン小屋に入ると、中央に座した巨大な老人の顔クローズアップに思わず仰天するが、実は細部にわたって作り込まれていることが分かる。自然豊かな環境だけあって、木々や草花が目立つものの、中でも木々は写真のフレームを超えて繋がり合っていて、なにか超越した生命力が感じられる。これにはなにか意図があるのだろうか?
「八木沢集落にはほとんど人が残ってないんだけど、その反面、木がすごくてね。杉の木。人の住居に近すぎるってくらい、杉が家の周りに生い茂ってるんだよ。だから村の人に訊いてみたら、この辺りでは昔から木を植える習慣があったみたいでさ」

「秋田と言えば秋田杉が有名じゃん? 昔でこそ、木が大きく育てば、伐採して生計の一部にしていたんだろうね。でも今じゃ、それもほったらかし。人が減って、木が増えた。それが、この村の今なんだよね。その木を見てると、それ自体が人間のようにも見えてくるんだよね。木が人間化してるっていうかさ」
「写真を見てもらえば分かると思うんだけど、そういった木に、さらに今度はツルが巻きついてる。人間が持ち込んだ杉の木に、もともと住んでいた自然が対決しているようにも見えてさ。いろいろ思ったよね」

展示会場……というか展示場となった小屋は中が三畳ほどで、1人でも入ればいっぱいになる空間。その小屋を成しているのはトタン板だ。ずいぶん古びてガタガタの状態だが、田附にとってはかえってそれが良かったようだ。「この小屋はトタンで出来てるんだけど、トタンも人間と同じように朽ちていくんだよね。それって、この村にも通じるところがあるんじゃないかなって」

「この展示はこれから1ヵ月近くあるんだけど、誰かが見張ってるワケじゃないし、小屋も隙間だらけ。雨が降れば中の写真も濡れちゃうと思うんだよ。でも、もしかしたらこの場合はそれでいいんじゃないか?と思ったんだ。村も人も、トタンも写真も、みな朽ちていくものなんだってさ。それも含めて写真っていうかさ。そういう展示になればいいのかなって、今回は思ったんだよね」
デコトラ、東北、マタギ、縄文土器と、一貫して日本を写真に投影してきた田附勝。そんな彼が限界集落の村をキャンバスにした結果、生命の栄枯盛衰や悠久の自然、自然と人間、万能に見えて限りある人間の力、そんな状況においてもなお生き伸びようとする人々の生き様が『みえないところに私をしまう』という写真群に刻まれた。
なにかが「朽ちていく」感じにはもちろん経年劣化も含まれるが、時を経なければ出ない「味」というものもある。「侘び寂び」とはよく言ったものだが、日本ならではの美意識に則るなら、田附が本展で見せてくれるのは1つの村の歴史の断片であり、そこには光と闇の両面がある。そのどちらかに寄ることなく両面を露呈させたのが本展なのかもしれない。

思えば「デコトラ」にしても、時代と共にブームは去り、トラッカーたちは苦しい現実と向き合うことになるが、それでも「男」として惚れ込んだ愛車を維持するためにあらゆるものを犠牲にしながら、決して苦労は口にせず、愛車との人生を歩む。一見、新品に見えるデコトラも、パーツレベルでは廃車になったデコトラからの寄せ集めだったりもする。
『東北』にしても、期せずして田附は東北大震災の前後を写真で記録することになった。田附自身、自分が追いかけてきた東北の意味合いがまるで変わってしまったことに震災直後こそは戸惑いを感じていたが、その年にマタギの鹿猟再開を追った『その血はまだ赤いのか』、そして今回の秋田県の限界集落と、継続して現地を追いかけるなかから、なにかその写真に一環して通じるものがカタチになり始めている。

最後に忘れてはいけないのが、これは日本人にこそ見いだせる「日本らしさ」であり、そして目の前の現実を写し出す写真という媒体だからこそ、成し得る業だということ。
「日本」を追い求める写真家、田附 勝。その全貌を解き明かすにはまだまだ時間はかかるだろうが、この男なら一生かけて、その生き様を写真に刻み、そして我々に見せてくれるに違いない。
 
KAMIKOANIプロジェクト秋田2013】
「KAMIKOANIプロジェクト秋田」は、上小阿仁村の最奥地にある8世帯19人の小さな集落「八木沢集落」を主たる舞台として、そこに古くから伝わる伝統芸能、マタギなどの狩猟文化、祭事、食文化、生活文化など、地域固有の資源を最大限に活用しながら、現代芸術の新しい表現と結び、美しい山々が織り成す里山全体を文化芸術空間として創造していくプロジェクト。
http://kamikoani.com/

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田附勝公式サイト
http://tatsukimasaru.com/

東北の森で野ジカを追い、その暗がりに太古日本のクオリアを見出す

Text by Tomo Kosuga
[初出掲載:VICE.com日本版 2013年7月]

田附 勝が放つ最新作は
〝暗がりの森に潜むシカたち〟

暗がりの森のなかに当てられた、一筋のライト。浮かび上がるのは、1匹の野ジカ。全身を照らされたそれはまるで驚くそぶりも見せず、光の差すほうに耳をピンと立てる。大きくつぶらな瞳は、しばしばライトの光によって怪しく閃光する—。
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処女作『DECOTORA』から一貫して東北、ひいては日本をフィルムに刻み続ける写真家、田附 勝。その最新作『KURAGARI』は森の暗がりに浮かび上がる野ジカの姿を映し出した写真集だ。2009年から2012年にかけ、岩手県釜石市唐丹町の夜の森を舞台に撮影された。

写真家 田附 勝、デコトラの煌びやかなネオンに男たちの飽くなき夢と意地を見る。

Interview and text by Tomo Kosuga
[初出掲載:VICE MAGAZINE 国際版 FASHION ISSUE 2008]

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目がチカチカするネオンを随所に散りばめ、浜崎あゆみやイエス・キリスト、はたまた幻獣などがカラフルに描かれた長距離トラック「デコトラ」—。
ブームのきっかけは、70年代に公開された映画『トラック野郎』だ。菅原文太扮する星桃次郎が一番星号というデコトラを縦横無尽に操り、大暴れした。映画の国民的ヒットはスクリーンに留まることなく、デコトラのプラモデルが小学生たちに流行ったりと、社会現象にまで発展。しかしそれから30余年が経ったいま、街で見かける機会もほぼないに等しいほど、デコトラの存在感は薄れてしまった。