〈後編〉北京の蟻と鼠は大成を夢見る


1960年代、中国は国境線を巡ってソ連と対立した。そして1969年3月、ウスリー江の珍宝島で軍事衝突が発生。これを機に核戦争勃発の可能性が危ぶまれた際、かの毛沢東が北京市民30万人を動員させ、10年間にわたって各地に防空壕を掘らせたのだ。この名残りが北京の地下空間である。
それから数十年が経ち、防空壕としての利用価値を失った地下空間は駐車場や駐輪場として姿を変えた。そしてさらに時が経ち、都会に農村出身者が出稼ぎにやってくるようになると、彼らの住まいとして地下空間は解放されることになった。 しかし地上には、先に取材したアリ族のようなルームシェア物件もある。ネズミ族の人々でも、地上で暮らすなんらかの手段はあるはず。なぜ彼らはわざわざ地下を選ぶのか? この問いに大きく関係してくるのが、中国の戸籍制度だ。
中国には大きく分けて2種類の戸籍がある。「都市戸籍」と「農村戸籍」だ。これは厳格に区分され、生まれた土地に紐づけられる。農村出身者が都市戸籍を得るには、厳しい条件が課され、一般的に現実的なものではない。そのため、都市戸籍を持たない人々は地下室のような非公式の住居を選ばざるを得ない。ネズミ族が都市に増えたのには、こうした背景もある。
中国の情報サイト「赶集網」(ガンジ)が2013年12月に発表した「2013年賃貸住宅市場報告」によれば、北京の平均家賃は月1479元とされ、調査対象となった中国36都市のうちで最も高い額となった。また同年11月、大手総合不動産サービス「ジョーンズ・ラング・ラサール」が「世界で最も高価なオフィス地区ランキング」を発表。ロンドンのセント・ジェームズや香港の中環に次いで、北京の金融街が3位に選ばれた。
今や北京は、財政力を持たない若者にとってあまりに過酷な都市だ。
北京の若者たちは時に群れを成し、時に地底を住処としながらも、大成を夢見て野心を燃やす。闇に身を潜めた彼らだが、言い換えれば、陽光を目指して這い上がるだけなのだ。その過程で発生する過酷な生存競争が彼らをますます磨き上げるだろう。この取材を通じて出会った若者が例外なく、瞳の奥底に燃えたぎる炎のような情熱と自信を秘めていた。いつの日にか、国際的な舞台でそのストイックな精神を見せつけてくれるに違いない。
アリ族、そしてネズミ族。中国の新型ワーキングプアの実態に、現代中国が世界に送り出す伏竜鳳雛(ふくりょうほうすう)の姿を垣間見た。