東北の森で野ジカを追い、その暗がりに太古日本のクオリアを見出す

Text by Tomo Kosuga
[初出掲載:VICE.com日本版 2013年7月]

田附 勝が放つ最新作は
〝暗がりの森に潜むシカたち〟

暗がりの森のなかに当てられた、一筋のライト。浮かび上がるのは、1匹の野ジカ。全身を照らされたそれはまるで驚くそぶりも見せず、光の差すほうに耳をピンと立てる。大きくつぶらな瞳は、しばしばライトの光によって怪しく閃光する—。
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処女作『DECOTORA』から一貫して東北、ひいては日本をフィルムに刻み続ける写真家、田附 勝。その最新作『KURAGARI』は森の暗がりに浮かび上がる野ジカの姿を映し出した写真集だ。2009年から2012年にかけ、岩手県釜石市唐丹町の夜の森を舞台に撮影された。

自殺大国・韓国 最新トレンド『偽葬式』を追う

Text by Tomo Kosuga
「自殺大国」と聞いて、まず頭に浮かぶのは我が国・日本。しかし実際にはその座も、2002年には韓国に譲っていることをご存知だろうか。

 経済協力開発機構(OECD)加盟国で8年連続の自殺率トップを保持する韓国。2011年の自殺者は15,906人。日本の年間自殺者数が30,000人と言われるため、そのおよそ半分だ。しかし人口10万あたりの自殺者数で見た場合、日本が33.5人に対し、韓国は49.6人。後者の方が約1.5倍高い。韓国では1日換算で43人、約30分に1人が自殺していることに。

 自殺が社会問題になるなか、韓国人はどのようにして精神を維持しているのだろうか。今回、韓国でトレンドの兆しにあるひとつのサービスに着目。それが〝偽葬式〟だ。

 自殺問題に抗うかのようなこの韓国トレンドを追ってVICEが乗り込んだのは、大韓民国ソウル特別市南東部にあるカンナム区。高層アパートが建ち並び、韓国において最も裕福とされるエリアのここは〝韓国のビバリーヒルズ〟と呼ばれる。肥満気味の男がサングラスをかけて馬乗りのダンスを踊り狂うミュージックビデオ「カンナムスタイル」はまだまだ記憶に新しいが、カンナム区が象徴するのはまさしく韓国の裕福な側面。

 そんなカンナム区を舞台に、偽葬式は行なわれる。取り仕切るのは、ハッピー・ダイイング・カンパニー。偽葬式というアイデアにしても、この社名にしても、星新一か筒井康隆あたりが小説化していてもおかしくない響きなだけにいかがわしくも聞こえる。しかし実際に存在し、サービスを提供する組織だ。この怪しい組織を通して体験できることが、いわゆる葬式の疑似体験。とは言え、これは見送る側としてでなく、棺桶に入る死者として——。

以下、その手順を記そう。

1、レクチャールームで講義を聞く。エモーショナルな映像を鑑賞したり、いわゆる人生の格言のスピーチを受ける。そして最後に「今日であなたの人生は幕を閉じます。あなたは新しい人間として生まれ変わるのです」と宣告される。

2、死装束を着る。

3、遺書を書く。自分の人生を振り返りながら、愛する人を思い返しながら。この辺りで参加者からは涙をすすめ音が聞こえてくるように。

4、遺書とキャンドルを手に、死の天使に導かれながら森のなかへ……。

5、自分の遺書を読み上げる。

6、足と手をヒモで縛られ、いざ棺桶のなかへ。棺桶のフタが閉められ、四つ角をカナヅチでトントンと叩かれる。実際にクギ打ちまでされると困るが、ただ叩いて臨場感を出すだけである。ちなみに、棺桶に入っている時間は30分。

 こうして見ると限りなく胡散臭いが、それでも人々が惹きつけられるのは、ハッピー・ダイイング・カンパニーの代表を務めるキム・キホ氏に、ある種のカリスマ性が窺えることにも起因するかもしれない。

 「とにかく眼力がすごくて……」ユカに話を聞いた。彼女はこの偽葬式を追ったドキュメンタリーでホストを務めた。「強い眼、って訳でもないの。吸い込まれそうな、不思議な力を持った眼。濁りがなくて、人の心にスッと入ってくる感じ。そんなキホさんの第一印象はウィリー・ウォンカ。ようやく捕まえられたと思ってもフラッとどこかへ行っちゃう。得体の知れない、不思議なおじさんって感じで」

 「彼がどうしてこの偽葬式を始めたのかと言うと、ある日突然、気づいたんだって。死と幸せはすごく近くに存在するってことにね。偽葬式を提供する会社も、今じゃ韓国国内に4、5社あるらしくて。だけど彼曰く、これはもともと自分のアイディア。ほかはプロセスだけをマネただけのビジネスに過ぎない、本当の精神論は誰も理解していない、って」

 ではこのキホという男、一体どういったコンセプトで提供しているのか? 彼曰く、人はみな、自分の人生の主人公であるべき存在。しかし気づけば会社のため、社会のため、自らを犠牲にして生きている。そこで一度死んでみることで、自分が主役の人生をスタートさせることができるのではないか。そんな疑問からスタートしたのが偽葬式だった、という訳だ。

 次に参加者たちは、どういったきっかけからこの偽葬式に参加したのだろう? そのうちの1人、キム・ビョンス氏は、カンナム区にオフィスを構える歯科医だ。その腕前はというと、彼に施術してもらうため、わざわざ海外から訪れる人がいるほど。さらにはテレビ出演も多数という著名な人物。どう見ても成功者の1人にしか見えない彼だが、過去には自殺未遂を繰り返した経歴の持ち主でもある。

 一度、腰痛に苛まれたことがきっかけとなって、精神を病んでしまったというビョンス氏。彼曰く、職場に向かうときは、まるで戦場にでも向かっているような気持ちになるとのこと。

 激しい競争社会のカンナム区では、彼のように成功を納めた人物でさえ、経済状況に悩まされている。もうすぐ大学に進学する下の子どもの学費や毎月の家賃……。自分の家族を支えなければという気持ちが、そのままプレッシャーとなって彼の肩に重くのしかかる。そうして最近、再び自殺を考えるようになったという。

 今回の偽葬式は彼にとって2度目だ。前回の偽葬式で苦しみから救われた経験を再度求めての参加となる。

 「自殺の原因として、みんなが口を揃えて言っていたのが……」ユカが語る。「韓国は急速に豊かになってきたけど、それと反比例するように、国民の精神が貧弱していってる、ってこと。成功を収めなければ、人として価値がない。そういう無言のプレッシャーがものすごいみたい」

 自殺の原因はほかにもある。セレブの自殺が引き金となるケースも後を絶たないらしい。「成功を収めたセレブでさえ生きている意味を見いだせないなら、庶民の自分なんかに見いだせる訳がない、っていう感じで続いちゃうんだって」とユカ。

 それにしても、この偽葬式。話を聞いているだけではなかなか想像もつかないサービスではあるが、そもそも棺桶に入ること自体がなかなかない経験だ。棺桶のなかでの体験について、ユカの話に耳を傾けてみよう。「忙しい毎日に追われるばかり、自分にとって大切なものがなんなのかを考えるヒマもないなか、いきなり『今日があなたにとって最期の日です』なんて言われると、否応なしに考え始めるの。自分にとっての本当の幸せはなんなのか、自分はなにを追い求めて生きていたのか……」

 「それで棺桶に入るでしょ。この棺桶ってのが、実は最高の瞑想空間で。外界からシャットダウンされて、そこに存在するのは自分だけなの。仕事も、人間関係のトラブルも、社会のプレッシャーも、ぜーんぶ棺桶の外に置いてきて。やっと本当の意味で、自分勝手になれる。そんなイメージ」

 とは言え、身の丈ほどしかない空間で、30分もの時間をただ1人過ごす訳である。パニックなどにはならなかったのだろうか。「これは個人的なことなんだけど、私にとって呼吸できない状況ってメチャクチャ恐怖なのね。一度、友達とエレベーターに閉じ込められたことがあって。そのとき私、いの一番にパニックになっちゃった。胃カメラを飲むときもパニックしたことがある」

「それだけに、棺桶に入るのは未知の領域だった。おそらく2分も過ぎた辺りで、どこかのゾンビ映画みたいにウガー!って、棺桶のフタを突き破って出てきちゃうに決まってると思ってた。でも実際にはちがった。棺桶のなかでの30分は、とにかく安らぎの時間で」

 「偽葬式の本番前には遺書を書くんだけど、そのときあることを考えて。それが、半年前に自分から終止符を打った、ある人との7年間。思い返すといつも洪水のように泣いてばかりいたから、できるだけ考えないように、考えないようには努力したんだけど。自分が弱かったせいで相手をメチャクチャに傷つけたし、自分の心にも一生消えない傷が残ったの……」

 「でも棺桶のなかでは、彼と過ごした本当に幸せだった時間や思い出、1人の人を死ぬほど愛した気持ちを、別れてから初めてちゃんと思い返すことができた。あれだけウサン臭いと思ってたのにね。棺桶から出たときにはもう、顔も緩みまくりだった!」

 どうやらユカは万々歳の結果を得られた様子。ではもう1人の主人公、有名歯医者のビョンス氏は一体どうだったのだろう。「棺桶のなかでは……」ビョンス氏が語る。「もうすぐ大学に進学する娘とクルージング旅行へ行こうと思った。それから、妻を世界旅行に連れていきたい。そのプランを考えていたら、幸せでしょうがなくてね。私の人生は家族がすべて。もう自殺なんて考えないよ」

 ユカ曰く、棺桶から出てきたビョンス氏は、まさに満面の笑みを浮かべていたとのこと。歩き方すら、背筋を伸ばして軽快そのものだったらしい。

 いま一番なにがしたい?という質問に、ビョンス氏はこう答えた。「家に帰って、妻と子どもたちに、愛してると伝えたい。それで、これでもかってくらい、力いっぱいに抱きしめるんだ。ナンバーワンにならなくてもいい。ナンバーワンになろうと藻掻くのは、どうやら私の性に合わないらしい。これからはナンバーツーでもいいから、自分が一番幸せになれる人生を歩むつもりさ」

 「今日があなたの最期の日です」——。突然そう言われたら、果たしてその日を安らかに受け入れられるだろうか。十分幸せだったと笑顔で言い切れるだろうか。あるいは、死に際まで〝裸の王様〟を貫き通すのだろうか。しかしそのために自ら死を選ぶのは、あまりに悲しすぎる。そんなとき、偽葬式のような常軌を逸したサービスこそ、もしかすると実質的な救いの手を差し伸べてくれるのかもしれない。

 2006年には、およそ東京都レベルにまで発展した韓国経済。2008年のGDPは世界15位を記録した。しかし今年5月に判明したのは、韓国の経済成長率が90年代のアジア通貨危機以来、初めて日本に逆転される可能性の浮上だった。深刻な内需低迷や生産人口の減少。かつて長期不況に陥った日本と同じ軌跡を辿りつつあると揶揄される韓国。

 競争社会のなかにおいて、虚栄のベールは人々の外貌を華やかに飾るばかりか、ひとときの安堵を与えてくれるようにも感じられる。しかし歯科医のビョンス氏が証言してくれたように、経済的な成功というのはどれだけ成し遂げても満足しない。なにをもって幸せとするかは人それぞれだが、こうしたサービスを通じて人々が再確認していくものには少なからず似通ったなにかがあるようだ。

 韓国のホットトレンド、偽葬式。その実態は、自殺問題をユニークな角度から解消するポテンシャルを秘めた最新ビジネスだった。

VICE.com/jpにて掲載