原発20キロ圏内に生きる男

福島原子力発電所の4基が爆発した際には、南方を目指して両親と避難したものの、その先で「放射能しょってるから入らないでくれ」などと拒まれた。それならと両親を福島県いわき市に置き、単身で富岡町に帰郷。かくして警戒区域内で唯一の人となった松村さん。
過酷な環境下の富岡町に、なぜ彼は留まろうとするのか。理由があった。この地に取り残された動物たちを、彼は見過ごせなかったのだ。「最初は怖かったよ。放射能が巻き散ったと思ったから。そんで次考えたのが、ずっといればガンになんのか、白血病になんのかってことだった。でも動物とずっと一緒にいるうち、動物も俺も元気だし、大丈夫だっぺって」。現在の日課は、飼い主を失った牛やイノブタ、ダチョウの面倒をみることだ。

松村になついたダチョウ2匹は、はるばる隣町の大熊町からやってきて住み着いた

「最初の何日かは……」松村さんが語る。「うちの犬にもエサをやれてなかった。それでうちのにやったら、隣りの犬も騒ぐんだ。確認したら、みんな首を繋がれたまんま。町のみんなも、1週間もすれば戻れると思って、出てったんだべな。それからは、犬だの猫だのに毎日エサやって。(動物たちは)待ちくたびれてっから、クルマの音が聞こえると、ワンワン!って集まってくる。どこさ行っても、ワンワンワンワンって。ノド渇いた、エサがないって。だからグルグル回ってなあ。相当たくさんの犬を面倒みたなぁ」。そんな犬猫たちも現在では森の中に隠れてしまい、姿を見せるのも稀なことになってしまった。