大橋 仁、人類の明るい繁栄のため全財産をはたいて酒池肉林を撮り収める。

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——アートを原点まで辿ると、資本主義に行き着く。アート市場は金銭的価値観で成り立ってるから、お金と天秤にかけることが可能で。でも写真はそういうものじゃない。だからみんないずれ、元の写真に回帰していくってこと?

それか、消えていくかね。〝昔はこんな楽しいヤツらがいたんだぜ〟みたいなさ。また荒木さんの話になっちゃうけど、こないだこんなこと言ってた。「大橋なァ、こないだ撮影でスペインからアートディレクターだかが来たんだけどよォ。オレの後ろでなァ、記録してんだけどな、それがiPadだよ。(ピンと伸ばした指で十字を切りながら)こうやって、こうだろォ? コレでコレなんだよォ。オレたちは(レンズを動かす動作、シャッターを押す仕草をしながら)コレで! コレ! だろォ? 写真術っていうのは、コレで! コレ! なんだよォ。でもコレでコレは、写真術でもなんでもないんだよなァ」って。

それこそ昔は露出を合わせて、ピントを合わせて、シャッタースピードを合わせて。で、撮るっていう。ひとつの術だったのが、いまじゃiPadで指を擦るだけで撮れちゃう。写真術でもなんでもない。このまま写真が現代アート化していったら、写真文化がなくなる。写真っていう考え方がね。荒木さんはそういう流れに怒りを感じてるんだよ。荒木さんに今回の本を見てもらって、その場で荒木さんが最初に「これが写真だ、という事を帯に書きたい」と言ってくれた。それでああいう帯になったというワケなんです。

写真集『そこにすわろうとおもう』より

——ところで机の上にある写真プリント、ものすごい量。山盛りじゃないですか。

コレは、今回のほんの一部。3000枚近くプリントしたから、こんなモンじゃなかったよ。だけど、写ってる内容が内容なだけに、どこの印刷会社からも断られて。やるとこねーよ、みたいな。そんななか、出版社が長野の印刷所に辿り着いた。そこは写真集をやりたいって意欲が高いところで、前向きに対応してくれて。そうして印刷までこぎつけた感じかな。