写真作家シリーズ 深瀬昌久『歩行者天国』(「東京新聞サンデー版」昭和47年4月23日)

 見渡す限り人がいます、見渡す限り自動車がいません、ここ東京の銀座通り、お天気のよい日曜日のただいま午後一時ちょっと過ぎ、どの人も、この人もうきうきと、どの店も、あのデパートもうれしそうなのはなぜでしょう? 解答はズパリ“それは歩行者天国”だからです。それにしてもみなさん、たいして用もなさそうなのに、銀座八丁西東、何回も住ったり来たりご苦労さま。

 デパートの前の車道はちょっとしゃれたカフェテラス、歩きくたびれたらソフトクリームなめなめ、道ゆくあの娘の品定め、やあでっかい犬を連れてるなあ、セントバーナードだ、こいつはたくさん肉を食うだろうなあ、だけどどうやってこんなでかいのを、ここまで運んで来たんだろう、長髪に長いブーツ、メタリックフレームのサングラス、おまけにガキまで背負っちゃって、ちょっとサマになり過ぎたオトッちゃん、ワイワイガヤガヤ人いきれ、ポカポカ陽気、百㌫健康ですね、バカみたい、おれあてられて、ちょっぴりかなしくなっちゃった。

 うわさによると、このニコニコ集団のなかに、少し私服の刑事さんもいらっしゃるとか、うわさによると、あるバカなカメラマンが、この通りで十人ヌードを歩かせて撮影する計画をたて、ワイセツ物十個陳列罪も覚悟の上と盛り切ってるとか、くれくれもご注意下さい。

 それにしても、カメラを持ってキョロキョロしてる人のなんと多いこと、右を向いても左を見ても、世の中レンズだらけじゃござんせんか、おれとしてはつくつく思うのです、カメラも車も、あんまり沢山作り過ぎちゃったんだな、だから買い過ぎちゃったんだな、それで歩行者天国には、車がいない代わりにカメラがいっぱいいるんだな、おれも考えてみると、十台もカメラ持ってるな、車は動かせないので、一台も持ってないな、車もカメラも、何台って台で数えるな、魚は匹だし鳥は羽、人はニンだな、今吸ってるセブンスターは本だし、原稿は枚だ、こんなことどうでもいいな、それにしても、みんなうれしいってことはいいことなんだな、おれはちっともうれしくないな、バカなんだな。

バカとけむりは高いとこのぼるらしく、四丁目角のSビルのてっぺんから下界をながめてるとビルの谷間の車道をはいまわるアリの大群が、とてもいとおしく、つい握りしめたくなっちゃいました。

 おれの生まれ育った北海道には、広い原野がある、もう雪も解け、木の芽吹くころだな、なんとなく、もうどうでもよく、ただ行ってみたいな。

 

深瀬 昌久氏の略歴

昭和九年、北海道生まれ。日大写真日年後、第一宣伝をへて日本デザインセンター写真部に入社。三十六年個展「豚を殺せ」の幻想的映像で新人として注目される。以後、コマーシャルとドキュメンタリーの両分野で活動。四十二年には河出書房新社に移ったが、同年退社してフリーとなってからは「日本人」「凶」「鶏鳴へどろ窟」「卑弥呼の後裔」などの話題作をつぎつぎに生んでいる。四十六年、近作を網羅した写真集「遊戯」(映像の現代8、中央公論社)が発刊されている。