◉こちらを向いて全員笑っている。北海道の北端にある美深町の深瀬写真館で四十年昔に使っていた、ガタガタの八ッ切りアンソニー写真機のピントグラスに、深瀬家一族が逆さになって笑っている。年老いた父母、弟と妹の一家、死んでしまった幼い姪の写真、猫の「ニャン」、何故か裸の「カーリー」ちゃんとぼく自身、弟の長男は東京の写真学校に行っているので不在だ。父はもう殆ど体がきかず、去年の暮れに特別養護老人ホームに入ったが、もう長くはあるまい。これが最後の記念写真かもしれないなあ。
◉ホームは車で一時間半もかかる遠方なので、なかなか見舞ってやることができない。最新設備の完全看護でも、やはり家族と離れて父はとてもさみしいらしい。ぼくが実家に来たから、今日一日は皆と一緒にすごせてとてもうれしそうだが、ほとんど口がきけない状態だ。生者必滅というが、父の姿にそう遠くないぼくの将来を重ねてみて、ちょっと感傷的になった。ピントグラスに映った逆さまの一族のだれもが死ぬ。その姿を映し止める写真機は死の記録装置だ。
◉記念撮影のあと、夕方の庭に出て、皆でジンギスカンのバーベキューを食べた。ビールはサッポロだ。昭和六十年五月二十日のことである。
◉美深に一泊してオホーツク海岸を走り礼文島に向かうが、稚内に近い北緯三十二度の日本最北端の宗谷岬で一服する。遠くサハリンが見えた。凪ぎの礼文航路を過ぎて、燈ともし頃、礼文島の香深港についた。礼文島に渡るのは、ぼくはこれで四回目だが、モデルのカーリーちやん、ゴトーさん、モリタ君は初めてという。特にゴトーさんは日光以北は生まれて初めてという、今時天然記念物のような人だ。宿は「三井観光ホテル」と名前は立派だが、なんのことはない民宿並だった。
◉翌二十二日はピッカピッカの上天気、カーリーちゃんはお天気女だった。スコトン岬、笹山のハイキングコース、まじかに利尻富士の見える桃岩展望台、地蔵岩…風は冷たかったが、空は抜けるように高く青く、快適なロケだった。