深瀬昌久(ふかせ・まさひさ)

SCN_0041本名、よしひさ。1934年、北海道中川郡美深町にて生まれる。1956年、日本大学芸術学部写真学科卒業。日本デザインセンター、河出書房などの勤務を経て1968年、フリーランスとなる。

主な写真集として、『遊戯』(中央公論社、1971年)、『洋子』(朝日ソノラマ、1978年)、『鴉』(蒼穹舎、1986年)など。主なグループ展として、「New Japanese Photography」展(ニューヨーク近代美術館、1974年)、「Black Sun: The Eyes of Four」展(オックスフォード近代美術館、1985年)、「By Night」展(カルティエ現代美術館、1996年)、「OUT OF JAPAN」展(ヴィクトリア&アルバート美術館、2002年)など。その他個展多数開催。主な受賞として、1976年個展「烏」で第2回伊奈信男賞、1992年第8回東川賞特別賞など。

2012年、没。享年78。

 

深瀬昌久 略年譜

1934年

北海道中川郡美深町に生まれる。
深瀬家は祖父の代に屯田兵として山形から入植、やがて写真師鑑札を得て写真館を開業。
その3代目を継ぐべく仕事を手伝いながら成長する。
高校時代、『アルスカメラ』などの月例に応募、特選数回。

1952年

日本大学芸術学部写真学科に入学。
上京一年目ぐらいから写真を通じての仲間もでき、
学業よりも、もっぱら自主的な写真制作などに興味を抱く。

1956年

第一宣伝社に入社。
日大卒業後、東京に残る決心を固め、
新しく起こりつつあったコマーシャル写真分野にまず進路を向ける。
この頃、川上幸代に出会い、ともに練馬に住む。

1960年

個展「製油所の空」〈小西六ギャラリー〉開催。
仕事を通じて撮ってきた産業写真を展示。会期中、写真批評家、吉村伸哉氏と知り合う。

1961年

個展「豚を殺せ」〈銀座画廊〉開催。
芝浦の屠殺場と幸代を撮った写真の二部作。
ネガカラーによる初めての自主的な写真制作の経験となった。
アフリカンリズム、チャイノのスチールドラムをバックミュージックに使い、
「個性的で荒っぽいドキュメント」という評価を受ける。
この一部を「氷点」のタイトルで『フォトアート』に発表。写真雑誌に初めて登場。

1962年

作品「カラー・アプローチ」を『カメラ毎日』誌に連載。
カメラマンとして順調に歩み始めた矢先、私生活の面では幸代が突然の出奔。

1963年

屠殺場シリーズを再び撮りつづけ、作品「朝が来る」を『カメラ毎日』誌に発表。
鰐部洋子と巣鴨に同棲。

1964年

日本デザインセンター入社。
「パレード」「団地生活」「花嫁」「五輪を迎えた町」などを『カメラ毎日』誌に発表。
結婚して埼玉県松原公団アパートに入居。

1965年

「七五三」「当世若者服飾考」「新東京名所」
「蝕」「水準的生活」を『カメラ毎日』誌に発表。

1966年

「庭」「釣り人」を『カメラ毎日』誌に発表。

1967年

河出書房の宣伝部拡充を期に、写新部長に就任。
『朝日ジャーナル』誌にグラビア企画「開かれた世代」を寄稿。

1968年

「新宿十字軍」を『カメラ毎日』誌に発表。
『朝日ジャーナル』誌に「一億人の島」を寄稿。
6月、河出書房の倒産と同時に退社。フリーとなる。
この年、新宿にアトリエをもつ。

1969年

「兇」を季刊誌『写真映像』に発表。
『朝日ジャーナル』誌に「TPO 69」を寄稿。

1970年

カラー・モンタージュ作品「A PLAY」を『カメラ毎日』誌に連載。
『朝日ジャーナル』誌に「第5象限」を寄稿。

1971年

「団地春風」を『カメラ毎日』誌に発表。
写真集『遊戯』を刊行(中央公論社)。

1973年

写真演奏会『大活劇!』を西武渋谷展で開催。

1974年

ワークショップ写真学校の設立に参加。
ニューヨーク近代美術館にて『NEW JAPANESE PHOTOGRAPHY』展に参加。
『写真についての写真』展に参加。
『15人の写真家』展に参加。

1975年

作品『烏』の制作に入る。
以降、1986年まで制作を続ける。

1976年

鰐部洋子と離婚。原宿に居を移す。
『カメラ毎日』誌にてシリーズ「烏」の連載を開始。
以降、1982年まで全8回にわたって掲載。
個展『烏』を開催(ニコンサロン)。
NEUE FOTOGRAPHIE AUS JAPANに参加。

1977年

個展『烏』で第2回伊奈信男賞を受賞。

1978年

写真集『洋子』を刊行。
個展『洋子』を開催(ニコンサロン)。

1992年

不慮の事故により、写真家としての活動を休止。

2012年

死去。享年78。

 

個展

1960年 製油所の空〈小西六ギャラリー〉
1961年 豚を殺せ!〈銀座画廊〉
1976年 烏〈ニコンサロン〉
1978年 洋子〈ニコンサロン〉
1979年 鴉〈ニコンサロン〉
1979年 猫の麦わら帽子〈コンタックスサロン〉
1981年 烏・東京編〈ニコンサロン〉
1982年 烏・終章〈ニコンサロン〉
1983年 歩く眼1〈ニコンサロン〉
1983年 歩く眼2〈ニコンサロン〉
1985年 いろはにほへと〈ニコンサロン〉
1985年 烏景〈ポラロイド・ギャラリー〉
1987年 父の記憶〈ニコンサロン〉
1988年 鴉〈イスラエル・フォトビエンナーレ〉
1990年 私景ー旅のたより〈ニコンサロン〉
1992年 私景92’〈ニコンサロン〉

 

参加展

1963年 現代写真展1961-62年〈東京国立近代美術館〉
1974年 NEW JAPANESE PHOTOGRAPHY〈ニューヨーク近代美術館〉
1974年 15人の写真家〈東京国立近代美術館〉
荒木経惟、北井一夫、沢渡朔、篠山紀信、高梨豊、田村シゲル、内藤正敏、
中平卓馬、新倉孝雄、橋本照嵩、森山大道、柳沢信、山田脩二、渡辺克己と共に
1974年 写真のついての写真〈シミズ画廊〉
木村伊兵衛、植田正治、荒木経惟、篠山紀信、多木浩二、内藤正敏、中平卓馬と共に
1974年 写真から写真へ〈MATO GROSSO〉
東松照明、細江英公、荒木経惟、森山大道、横須賀功光と共に
1976年 NEUE FOTOGRAFIE AUS JAPAN(日本の現代写真)
〈グラーツ市立美術館、ウィーン〉
1979年 JAPAN: A SELF-PORTRAIT〈国際写真センター、ニューヨーク〉
1984年 現代6人の写真家〈西武アートフォーラム〉
1986年 BLACK Sun: The Eyes of Four
〈オックスフォード近代美術館、フィラデルフィア美術館ほか〉
1988年 記憶の報復〈フォルムスタットバルク、グラーツ〉
1989年 日本の写真家〈ユーロバリア・ジャパン、ベルギー〉
1989年 11人の1965〜75〈山口県立美術館〉
1990年 ニュー・ドキュメンツ’90〈富山県近代美術館〉